第10話

第10話 胸の痛みも糧になる
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2021/05/16 01:00
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お願い! わたしとペアを組んで!
さっき帰った女の子の言葉が、頭の中にこびりついて離れない。
いつも通り賢人君の隣に座ってはみたものの、何を話せばいいんだろう。

ごまかしても仕方ないか……。聞きたいこと、直接聞こう。
(なまえ)
あなた
あの……さっきの子、ペアを組んでって言ってたけど……
賢人
賢人
ああ……多いんだ。ああいう……何ていうか、売り込み
賢人
賢人
俺がオオノ春美の弟だってこと、こっちの学校ではみんな知ってるんだ
(なまえ)
あなた
えっ、そうなの? 賢人君のことだから、隠し通してると思ってた
賢人
賢人
そうしたかったんだけどな。姉が……オオノ春美が賞を取ったときに、本名や家族構成が広まって、それでバレた
(なまえ)
あなた
賢人君が編集者志望ってことも、そのときに広まったの?
賢人
賢人
いや……それはまあ、俺のミスなんだ。進路希望書をうっかり落として……それで
賢人君でも、そういうミスをすることがあるんだ。
注意深い完璧人間っぽいイメージがあったんだけど。
賢人
賢人
それ以来、ああいう作家志望が俺のところに来るようになった
賢人
賢人
一応、姉から小説の書き方は教わってるし……それにオオノ春美本人や、そこから繋がる人脈も魅力的に映るんだろう
まるで他人事のように、淡々と話す賢人君。
近い身内に有名人がいるっていうことは、実はそれほどいいことばかりではなく、苦労が多いのかもしれない。
(なまえ)
あなた
それで、その……さっきの子は……
賢人
賢人
あの子は図書委員だ。よく本を読んでいる。聞けば、小学生の頃から毎日本を読み続けてきたらしい
賢人
賢人
だから、小説の基礎も知っているし、言葉も多く知っているし……
賢人君が……あの女の子を……褒めている。
私、ほとんど褒められたことがないのに。
やっぱり、あの子を作家として育てるために、編集者としてペアを組むつもりなんだ……。
(なまえ)
あなた
ご、ごめん。私、今日はもう……!
そこまで言うのが限界だった。
私は、店を飛び出してとにかく走った。居づらかった。離れたかった。
胸が締め付けられる。息苦しいのは、走っているのが理由ではなさそう。
私は、どうしてこんな気持ちになっているんだろう。
この気持ちを文章にするなら、どんな風になる……?
こんなことを考えていると、案外私は冷静なのかな、とも思う。
でも、胸の苦しみはどんどん増していった。
たぶんあちこちを走り回っていた私は、いつの間にか公園に辿り着いていた。
ベンチに座り、大きく息を吐く。
ぼんやりと薄暗い空を眺めながら、私は思ったことを小さく声に出した。
(なまえ)
あなた
小説って、こういう場面も必要だよね……。主人公が順風満々だなんて、そんな保証はどこにもない。みんな苦難があるじゃない
(なまえ)
あなた
そういえば最初に賢人君が、勇者にピンチがなくてつまらないって言ってたっけ……
主人公が苦難にぶつかるところは、きっと盛り上がりどころなんだろうな。
人間と同じようなキャラクター設定をするんだから、その成長も人と同じ。
苦難を乗り越えていく様子が、魅力的に映る。そして、キャラクターを一段階成長させられる。
だからこそ出せる強敵もいるんだろう。
ただ……。
(なまえ)
あなた
自分が傷つくことで学びたくはなかったな……できれば
そして、私は自分の気持ちが理解できた。
(なまえ)
あなた
私、賢人君とコンビを組みたいんだ。ずっと一緒に、小説を書きたいって思ってたんだ……
言葉にしてみると、しっくりときた。これは私の本心だ。
ただ……これが、私の気持ちの全部なのかな?
どこかに物足りなさを感じたけど……それは、今の私にはまだよくわからない。
それに。
賢人君があの女の子と一緒にやっていく決意をしたのなら、もう私の想いは叶わない。
(なまえ)
あなた
人間のように、大切に作ったキャラクターにこんな挫折を経験させる必要があるなんて、作家って酷な仕事なのかもしれないなぁ
私はキャラクターたちみたいに、この経験から立ち直って成長していくことができるのかな。
(なまえ)
あなた
私、どうして小説を書いているんだっけ……
(なまえ)
あなた
読んでもらいたいから……? 誰に? サトル君? 最初はそうだったはずなのに、今はなんだか……
しばらく、私はいろんなことをぐるぐると考えていた。
どれくらい時間が経っただろう。
何かが頬に触れて、私は我に返った。

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