第4話

第4話 私とオレとお前とキミと
2,918
2021/04/04 01:00
喫茶店に入ると、いつものカウンター席でレーズンパンをかじる賢人君がいた。
(なまえ)
あなた
またここで食事してるんだね
賢人
賢人
俺の勝手だろ
(なまえ)
あなた
それは……そうなんだけど……
出会ってから、賢人君はほとんど自分のことを喋らない。
まあ……知り合ったばかりで学校も違うし、それに私が勝手に押しかけている手前、これ以上しつこくはできない……よね。
賢人
賢人
で? 今日も小説か?
(なまえ)
あなた
もちろん。ご指導お願いします!
賢人
賢人
めんどくせぇ……
(なまえ)
あなた
まあまあそう言わずに。人の成長を見るのって楽しいでしょ?
賢人
賢人
自分で言うなよ
そう言いながらも、私が差し出した原稿を受け取ってくれる賢人君。
数ページめくり、顔を上げた。
賢人
賢人
ちょっとこのページを見てみろ
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勇者は言った。
「俺は必ず魔王を倒すと誓った!」
その声に反応し、石の扉が開いていく。
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(なまえ)
あなた
勇者が魔王の城に突入するかっこいいシーンだね
賢人
賢人
かっこよさはみじんも感じないが、今はその話じゃない。次はこのページだ
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勇者は彼女の手を握った。
「オレは絶対にキミを守る」
彼女はうなずいた。
「わたし、あなたを信じてる!」
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(なまえ)
あなた
このシーンはね、ついに魔王の目の前に辿り着いたとき……
賢人
賢人
あーはいはい。それはいいから。次はここだ
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勇者は叫んだ。
「僕はお前を守るって約束しただろ!」
すると彼女は起き上がった。
「そうだった。私、君を信じてるんだった!」
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(なまえ)
あなた
魔王の術で魔物の部下になりかけたヒロインを、勇者が目覚めさせるシーンだね
賢人
賢人
……お前、この3つの場面を見て何も思わないのか?
(なまえ)
あなた
思うとすれば……ああ、クライマックスなんだなぁって
賢人
賢人
……本当にダメだな、お前
賢人君はメモ帳とボールペンを取り出すと、何か書き出した。
勇者……俺、オレ、僕
勇者→彼女……キミ、お前
彼女……わたし、私
彼女→勇者……あなた、君
(なまえ)
あなた
……なにこれ
賢人
賢人
見りゃわかるだろ。一人称と二人称だ
賢人
賢人
しかしまあ……よくもここまでバラバラにできたもんだ。ちなみに他のページもかなりバラバラだったぞ
(なまえ)
あなた
一人称……
賢人
賢人
例えば、最初は勇者が自分のことを俺って言ってるだろ。次はオレ、その次は僕
(なまえ)
あなた
あ、たしかに違う!
賢人
賢人
他も同じだ。彼女も一人称が統一されていないし、相手の呼び方がちょいちょい変わってる
(なまえ)
あなた
……でもそれ、問題ある? わたしと私だったら、ひらがなと漢字なだけで読み方は一緒だし、そんなに問題なくない?
賢人
賢人
大問題だ! これは小説だぞ。ひらがなと漢字、与える印象のちょっとの違いも大事なんだ
(なまえ)
あなた
そ、そういうものか……
賢人
賢人
あとな、お前の頭の中では会話のシーンが絵として見えているかもしれないが、読者はそうじゃない
賢人
賢人
一人称がバラバラのまま会話が続くと、誰が喋ってるのかがわからなくなるぞ
(なまえ)
あなた
あー、それはたしかに……
賢人
賢人
それに、特に恋愛モノだと、お互いの呼び方がすごく大事な問題じゃないのか?
賢人
賢人
最初は苗字にさん付けだったのが、付き合い始めて名前の呼び捨てになる瞬間にキャーキャーするもんじゃねーのかよ
(なまえ)
あなた
そ、そういうもの……かな。恋愛……よくわかんなくて
賢人
賢人
お前さぁ。恋愛がよくわからないのに、恋愛モノ書いたのかよ……
(なまえ)
あなた
わ、悪かったわね。うーん、呼び方ねぇ
すると賢人君が突然、私の方に向き直って目をじっと見つめてきた。
そして真剣な顔で、小声で囁いた。
賢人
賢人
あなた
(なまえ)
あなた
まるで内側からドスンと殴られたように、急に心臓が飛び跳ねた。
頭だけじゃなく、全身がぼーっとする。
この感覚は……なんて説明したらいいのか言葉が見つからない。
男の人に名前を呼び捨てにされるなんて……お父さんと、幼稚園の頃の友達以来かも。
賢人
賢人
そういうことだ
(なまえ)
あなた
べ、別に私……な、何も……
私は、うまく反応することができなかった。
ただ……一人称と二人称はあらかじめ決めておくべきだし、呼び方は物語にとってすごく大切なものだということを……身をもって知った、気がする。

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