喫茶店に入ると、いつものカウンター席でレーズンパンをかじる賢人君がいた。
出会ってから、賢人君はほとんど自分のことを喋らない。
まあ……知り合ったばかりで学校も違うし、それに私が勝手に押しかけている手前、これ以上しつこくはできない……よね。
そう言いながらも、私が差し出した原稿を受け取ってくれる賢人君。
数ページめくり、顔を上げた。
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勇者は言った。
「俺は必ず魔王を倒すと誓った!」
その声に反応し、石の扉が開いていく。
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勇者は彼女の手を握った。
「オレは絶対にキミを守る」
彼女はうなずいた。
「わたし、あなたを信じてる!」
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勇者は叫んだ。
「僕はお前を守るって約束しただろ!」
すると彼女は起き上がった。
「そうだった。私、君を信じてるんだった!」
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賢人君はメモ帳とボールペンを取り出すと、何か書き出した。
勇者……俺、オレ、僕
勇者→彼女……キミ、お前
彼女……わたし、私
彼女→勇者……あなた、君
すると賢人君が突然、私の方に向き直って目をじっと見つめてきた。
そして真剣な顔で、小声で囁いた。
まるで内側からドスンと殴られたように、急に心臓が飛び跳ねた。
頭だけじゃなく、全身がぼーっとする。
この感覚は……なんて説明したらいいのか言葉が見つからない。
男の人に名前を呼び捨てにされるなんて……お父さんと、幼稚園の頃の友達以来かも。
私は、うまく反応することができなかった。
ただ……一人称と二人称はあらかじめ決めておくべきだし、呼び方は物語にとってすごく大切なものだということを……身をもって知った、気がする。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。