第45話

甘く溶ける宝石の秘める。
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2021/07/25 18:26
ブラック
ブラック
こういうの好きですよね。
(なまえ)
あなた
そう。コンビニじゃなくてこういうところに来るからこそ味わい深いんだよ。
ブラック
ブラック
よく分かりませんねぇ。
(なまえ)
あなた
お前は駄菓子って食べ物しか頭にないだろ。俺はな、駄菓子という概念を欲してる。こういうところで買わなきゃ駄菓子は意味がない
ブラック
ブラック
はぁ。
蝉の鳴き始めた7月の終わり。長かった梅雨が明ければ一気に夏が訪れる。入道雲の伸びる空、陽光に煌めく草木、虫の声、焼けつく陽射し、汗ばむ肌、揺らめく陽炎、街の隅にひっそりと佇む駄菓子屋。現代ではなかなかお目にかかれない、非常に趣のある風景。こういうノスタルジックな空気感こそ、何よりも価値がある。文明に毒されたこの悪魔にはわからんだろうが(嫌味)。何て言えばまた土人だの時代遅れだの十にも百にもなって返ってくるから言わないけれど。数個の駄菓子、それから瓶のラムネとアイスを手に取って会計台へと持っていく。愛想の良い、皺の深い、ばあちゃんって感じの店主。…ああ、こういう雰囲気。外のベンチに腰掛けてラムネの玉を落とす。噴き出す泡。これもセットで楽しむものだよな。
ブラック
ブラック
びっちゃびちゃ。缶とかボトルでいいのに。
(なまえ)
あなた
これもラムネの風情だろ。はい、ブラックの。
ブラック
ブラック
…甘ったるいですね。爽やかな風味ですけど。
(なまえ)
あなた
エナドリと変わんないよ甘さは。…〜〜、ぷは、…なんかサイダーとは違うよな、ラムネって。
喉の奥で弾ける炭酸。火照る体に冷たさが駆け降りる。こういう対比効果、大切だよな。暑いからこそ冷たいものがうまい、とか。利便性に欠ける状況だからこそ得られるものだってある。大切な感性だと思う。程よく溶けた2本組のアイス。割ってブラックと半分こ。蓋を切り離して吸い口を咥える。冷たい、甘い、美味しい。このアイスはブラックも気に入ったみたいだ。いつもと変わらない長袖の黒ずくめだから、すごく暑苦しそうに見える。涼しい格好すればいいのに。
ブラック
ブラック
何もないところでのんびり過ごして何が楽しいのか
(なまえ)
あなた
退屈なら帰っていいんだけど。
ブラック
ブラック
イ・ヤ・で・す♪クソ退屈な事を心底楽しそうにしているあなたを見るのはなかなか面白いので。
駄菓子屋なんてオレちゃん初めてです。もう一度じっくり見てきます♪と再び店内へ入る彼。何だかんだ楽しいんじゃん。素直じゃないやつ。木漏れ日に時々吹く風が汗を撫でて涼しく抜ける。木漏れ日が綺麗だ。滴る汗もそのままに、張り付く髪を払う。こういう夏の過ごし方も、いい。トントン、と肩を突かれ振り向けばほくほくと満足そうなブラック。袋いっぱいに駄菓子詰め込んで…玩具も色々売ってるんですね。見たことないものがたくさんあるので買ってしまいました、と。フルで楽しんでんじゃん。ブラックも知らぬ間に雰囲気に当てられたらしい。絶対修学旅行で木刀買うタイプじゃん。
ブラック
ブラック
あなた。
(なまえ)
あなた
んー。なぁに。
ぼんやりと夏空を見つめたまま生返事。趣深いが流石に暑いなぁ。このまま空気を感じていたいけど!このまま居座ったらぶっ倒れるな。そっと左手を取られる。指に嵌め込まれる小さな輪。薬指の関節で詰まり、抜けて小指へ移動する。
(なまえ)
あなた
ぁん?
ブラック
ブラック
あなた、真面目に。オレちゃんの目を見てください。
(なまえ)
あなた
…何。
ブラック
ブラック
…オレちゃんと、結婚…してください。
(なまえ)
あなた
…、わぉ、嘘、…っ、…よろしく、お願いします、…。
口元を覆って下を向く。感極まり言葉を詰まらせながら。もちろん演技だけど。左手の小指に嵌め込まれたダイヤ型の飴がついた指輪、子ども向けの菓子玩具。リングのサイズが子ども向けのため、小指にしか入らなかった。
(なまえ)
あなた
何これ、くれんの?
ブラック
ブラック
陳列されていたもので。あなたならのってくれると思いました。そのまま召し上がってください。
ふうん。指につけたまま口に含んで舌を這わせる。甘く広がるいちご味。口を離せば唾液で艶めいて景色を赤く透かす。綺麗なような、汚いような。ちろちろと少しずつ甘さを溶かしながらそんなことを考える。子ども騙しの甘い味。食べた事もないのに、どこか懐かしい。あなた、もう一度呼ばれる。ブラックの、この、名前を呼ぶときの優しい声、嫌いじゃないなぁ。そっと後頭部に手を添えられる。髪の毛を梳くように差し込まれそのまま口付けられる。暑さにのぼせているのか、外だからやめろとも、いきなり何すんだとも、言葉が出ず、ただ彼の唇を受け止める。
ブラック
ブラック
薬指ココには、本物をつけます。その時は真剣に、申し込ませてくださいね。
(なまえ)
あなた
…ん。待ってる。とびきりいいのをつけろよな。
もう一度唇を重ねる。入道雲の伸びる空、陽光に煌めく草木、虫の声、焼けつく陽射し、汗ばむ肌、揺らめく陽炎…また、同じような夏の日が来ればきっと思い出す。冗談でも、茶番でも、彼の言葉に一瞬気持ちが溢れたのは嘘じゃない。唇を離して見つめ合えば、どこか照れ臭くて、幸せで笑ってしまう。店主の、あらまぁ〜、ダイタンだこと〜、ばあちゃんのぼせてしまうわぁ〜と挟まれて慌てて離れる。余裕そうに笑う彼。帰りましょうか、と伸ばされる手。気持ちを整えて左手を重ねる。溶けて柔らかくなった甘い宝石。約束も一緒に、体の中に溶け込ませてしまおうかな。
(なまえ)
あなた
っ、だぁ〜〜〜ただいまぁ〜〜…クーラー最高〜〜〜もう一生家から出ない
ブラック
ブラック
さっきの趣だの味わいだの言ってたあなたは死んだんですか?
(なまえ)
あなた
あーー、死んだ死んだ。即死。今は文明の利器に負けた堕落したあなたしかいない。…あぁ、飴に髪くっついたぁ…、
ブラック
ブラック
指につけたままソファに行くから…。

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