俺は元々天使だった。あれよこれよと力が弱まってはブラックの魔力を受け取って最終的に悪魔になった。純正ではないにしても、同じ悪魔ならそれなりに同じことはできるわけで。テレポートを使って時々遠出をすることがある。ブラックのようにあまり頻繁に使ったりはしない…疲れるから。ただ、現実から離れたひとときを過ごしたい時は、とても便利だな、と思う。今は東京からはずっと離れた、自然に囲まれた土地の親水公園にいる。川の流れや音を聞きながら、キッチンカーで買ったココアとサンドイッチを食べて。こうした何でもない時が癒される。誰にも邪魔されない自分だけのゆったりとした時間だ。緑の澄んだ空気を吸いこむ。…気持ちいいな、このままここで過ごしたい、帰りたくない。
突然耳元で囁かれたものだからおったまげてしまった。この野郎、俺の癒しタイムを邪魔しやがって。せっかく浮世から離れて自然を満喫していたのに、目の前に同居人がいては現実に戻されるじゃあないか。あーあ、シケたわ、場所変えようかな、入江とか。どうせからかいに来たんだろうと思う。カラカラ笑って揶揄してんだろうなと思えば、意外や意外、きょとんとして俺の顔をじっと見ている。何そのきょとん顔。初めて見たそんな顔。…かわいいな。
何を言いたいのだろう。俺まできょとんとしてしまう。何の話?首を傾げると、ブラックも同じように首を傾げて。二人で同じことしても何もわかるものはないと思うけど。
いや別に望んではないし。確かに魔界は俺にとっちゃぁまだまだ刺激が多くて疲弊もするけれど、日常が刺激的だからこそ、こうした静かな場所が特別魅力に感じるのだと思う。それに今更引越しで環境が変わるのも割ときつい。体がついていかなくて疲れる。それに何より現状に満足はしているから、わざわざ引っ越す必要もないかな、と思うし。…何だかブラックが変だ。砂を吐くような台詞をブラックがいうだろうか。なんか絶対裏がある。疑いの視線を送るとまた首を傾げられた。今度はニマニマとして。絶対すっとぼけてやがる。何を企んだんだ?と声を掛けようとした瞬間。あ、とブラック何かに気づいたような、はたまた閃いたかのような表情になった。手を優しく握られる。肩を引き寄せられる。耳元に寄せられる唇。吐息が、くすぐったい、
耳が焼けるように熱い。頭に響いて溶けそう。急な胸の高鳴り、ブラックにときめいて仕方がない。自分の気持ちに気づいたばかりの頃を思い出してしまうような感覚。今は最早一緒にいて安心感のある落ち着いた関係だが、この感覚はまるで、気持ちがつながったばかりの時のような、熱く燃えるような感情で。耳で囁かれるテノール、少し掠れた声。腰に疼く、下腹部が切ない。クッキーアンドクリーム、ジャモカコーヒー、ストロベリーチーズケーキ…、耳の奥に届く言葉達。手足に力が入らなくて震える。多幸感ときゅんと狭くなる胸に涙が浮かぶ。、…すき、な気持ちが溢れて仕方がない。耳にそっと口付けられビクンッッ!と肩が揺れる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!