全く動画に誘うのはいいがその唐突な大声と謎の独特なポーズやめてくれよ公衆の面前で。恥ずかしいよ、一緒にいて。何ですか人を病気みたいに、って、病気みたいなもんだろうよ最早。目の前の出演者(仮)、引いてるぞ。まぁ何だかんだと言いくるめて契約に持ち込むから、口の立つ男だな、とは思うけど。営業職とか向いてるよ、ブラック。撮影をそっと隅で見守る。これも建前で最後落とすんだろうなぁ。上げて落とす技法、様式美だ。その間も不思議なポーズを取ったり急にハイになったりする彼。…少し彼との将来が心配になる。この先ずっとああやって生きていくのか。今は熱冷めやらぬ俺たちなりに熱々の関係だけれど、一緒に過ごして関係が落ち着いて共に人生を歩むパートナーになるとしたら、目にあまる部分になってきやしないだろうか。最近ふと考えてしまう。
とうとう略してきたな。まぁブラックが楽しいならいいけど。赤の他人がどうなろうが知ったこっちゃない。いいフリー素材を見つけてほくほくと嬉しそうなブラック。…ちょっと可愛いと思ってしまった。惚れた弱味だ。ブラックは編集があると行ってしまった。俺は…もう少しここでのんびりしてから帰る。なかなかにいい景観の場所だ。木々に芝生に手入れされた季節の花。のどかだ。ベンチに腰掛けてキッチンカーで買ったカフェオレを飲む。こういう何でもない時間が好き。何もないを楽しめるのは天界暮らしの名残かもしれない。隣に腰掛けてくるのは若い男性。髪色が明るくて、少し…軽そうで軟派だ。髪色は俺の方が奇抜だけど。苦手なタイプだ(陰キャ)。もう少しゆっくり味わって飲みたかったけど飲み干して帰ってしまおう。一気に飲んでしまいたかったがまだ飲めるほどに冷めていない。熱さがもどかしい。一口ずつ口をつける。立つタイミングも逃してしまった。目を合わせなければ知り合うこともない。このまま素知らぬふりをしていよう、とも思ったが。
ずい、と此方に間隔を詰めてきたじゃあないか。ベンチ汚れてた?連れがきた?わざと隅に寄って座っていたのだけれど。チラリと一瞥すればニヤニヤと笑ってやがる。この野郎故意にやりやがったな。ムカつく野郎だな。無駄に争いたくはないから早急に立ち上がりその場を去ろうとする。が、手を掴まれる。何だこいつ、殺すぞ。
いやお姉さんじゃねぇし。ベンチに引き戻されて座らされればそのまま腰を抱かれる。うわわわわ鳥肌立った。寒いぼが。どうしよう処す?処してもいいか?いいよな?これは正当防衛、正当防衛…髪の毛を掴んで顔面に膝蹴りを喰らわせようと手を伸ばす前に、相手の手が掴まれあらぬ方向に捻りあげられる。うわ、エグい音。
いや、面倒みてもらってないし寧ろ面倒事をもらったし、俺は彼女ではないけど。…便乗しとこ。
二度と手出しのできないように♪瞳を歪ませて笑えば相手は情けなくその場を走り去っていく。はぁ、とため息をついてようやく温くなったカフェオレを飲み干した。先に帰るって言ってたのに、わざわざ戻ってきてくれたのか。そう思うと気持ちがくすぐったく嬉しかった。大事にされてんだなぁ、……やば、ちょっと自覚したら嬉しくてニヤけてきた。ブラックに見えないように顔を背けて口元に手を当てる。
なんてな、と言って恥ずかしくなりそれとなく冗談に済ませる。奇行と発作はあるが、そんな事大した事じゃない。もっと彼の内面を覗かなければならなかった。結局上っ面しか見えてなかったかも。心の中でブラックにごめん、と呟く。それから、戻ってきてくれて、大切にしてくれてありがとう、とも。
…こう悪態を吐き合えるのも、信頼関係が深いからだと思っておこう。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。