「17日、空けておけよ。絶対撮影も編集も投稿も入れるな。」そう釘を刺されてのは1週間前。今月は投稿ペースが多いから自信はなかったが、予定を見れば幸いその日は何もない。その日というか、今日なのだけれど。どことなくそわそわと1日過ごしてしまったが、彼からのアクションは何もなく。日が傾き始めた頃にもぞもぞと動き出し、鏡の前でああでもない、こうでもないと慣れない浴衣を着始める。よし、できた、と息を巻く彼の浴衣ははだけるどころか帯一枚で何とか体に繋がっているようなものだ。スマホのアプリで後ろから浴衣に着替えさせる。
始まる、とは何なのだろうか。浴衣姿で大方想像はつくけれど。前髪ごとハーフアップにして、白地に薄い紫と水色の模様が散る浴衣。……艶やかさがある、素直にそう思ってしまった。軽く急かされて浴衣に着替える。ぴたりと肩を寄せるあなた。…いつもと違う彼を見るのもいい、なんて思いながら見つめていると見慣れない場所は飛ぶ。小高い土地に建てられた神社。大それたものではない無人の神社だ。街灯りが薄闇に映える。…街灯りじゃない。提灯と屋台の灯り。
下調べしたんだぜ、東北の方で花火やるんだって調べて…ロケハンして人気のない穴場まで見つけてさ。屋台回る時間はないけど、ほら、酒!やっぱガキがいると飲めないからさ!大人同士しっぽり飲みながら見ようぜ。冷えたコークハイを受け取る。興奮気味に教えてくれる彼。オレちゃんのために、デートのために、色々計画を立ててくれていたのだと思うと、どこかいじらしさが込み上げてしまう。抱きしめようと手を振れた瞬間にドン、と腹奥に響く音が鳴り始める。神社の寂れたベンチに腰掛け肩を並べて花火を見つめる。
カシュ、と缶のタブを開ける。煽れば炭酸とコーラの奥にアルコール。…回ってしまいそうだ。青や赤、緑と散る花火に照るあなたの横顔。綺麗、とか、美しい、とか、そういうものではなく、ただただ、好きという感情だけが湧き上がる。あなたがレモンサワーから口を離したのを見計らってそっと、彼の口に唇を置く。
ふ、と笑って彼からも優しくキスが降りる。……満ち足りている、というのはこういうことなのだろうか。動画や炎ターテインメントとは違う、穏やかな幸福感。口に混ざるレモンとコーラ。惜しむように味わって口を離す。花火に向き直ればあなたは肩に頭を擡げる。
失笑する姿に胸がきゅ、と狭くなる。一際大きな花火が空に散り、終わりを告げる。あっという間だった。体に残る音圧の余韻と後の静けさ。物悲しく寂しい余韻も、また一興かもしれない。はぁ、と一息大きくつく彼。楽しかった、ありがと、一緒に来てくれて、と指を絡ませ繋ぐ。楽しませてもらったのは、こちらなのだけれど。
見合って照れ臭く思わず笑ってしまう彼。酔いと夏に当てられるのも、悪くないなんて、…本当に、オレちゃんらしくない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!