第5話

【4話】
128
2019/06/27 12:49
「ところで、聞いてほしい話ってなんだったんです
か」
ふと思い出した。彼女が先程、『聞いてほしい話がある』と言っていたことを。
「あ、…あぁ」
明らかに様子が変わった。暗い表情になってしまった。いけないことを聞いただろうか。
「そう、そうね。じゃあその話をしようか。」
彼女の声が急に真剣なトーンになったので、僕は思わず背筋を伸ばす。数回深呼吸をしたあとで、彼女は僕を真っ直ぐ見て、静かに告げた。
「私ね、明日死ぬの」
この世界に、僕ら二人しかいないように感じた。彼女の声しか聞こえなかった。雨の音すら聞こえなくなった。喉が一気にカラカラになって、声も思うように出なくなった。息が詰まる。言葉が見つからない。頭が働かない。
彼女は、_笑っていた。
「病気なの。発症確率、一千万人に一人。とっても珍しい奇病。」
わからなかった。彼女の放つ言葉全てが、右耳から左耳へ流れていった。
「『凍心病』」
「とうしんびょう」
理解しようとオウム返しをする。けれどやっぱり、わからなかった。
「心臓が凍る病気。徐々に、それでも、確実に。でね、私の余命、あと一日なんだ」
心臓が、凍る。確実に。明日、死ぬ。
「なおる_」
治るんですか。そう聞こうとして、すぐに口を噤んだ。無神経な質問だった。余命宣告をされているんだ。治らないと診断されたからだろう。あまりに酷な質問だったと後悔した。
しかし彼女は、僕の聞かんとしたことを読み取ったようだ。
「治療法はあるわ」
「なんですか」
食い気味に聞いていた。働かない頭で、僕は懸命に考えていた。どうやったら彼女を、助けられるのか。
「人を、愛すること。最愛の人の愛で、凍てついた心臓は元通りになる。って、お医者さんは言ってた。伝説みたいなものらしいけど。」
彼女は少し口を尖らせて言った。
治療法が、伝説みたいなもの。それじゃあ、そんなんじゃあ、まるで、
「不治の病、みたいだよね」
真っ暗になった。聞きたくなかった言葉を、彼女の口から聞いてしまった。酷い耳鳴りがした。頭がズキズキと痛んだ。目の奥が痛かった。
「僕は、」
必死だった。とにかく、必死だった。
「僕に、何ができますか」
彼女は目を見開いていた。が、すぐにふっと頬が緩んで、声を上げて笑いだした。
「優しいのね。本当に。」
綺麗だった。笑うと見える小さな八重歯も、雪を欺く肌も、大きな瞳も長い睫毛も。全てが綺麗だった。
「じゃあさ、名前で呼んでよ。私のこと」
「え」
そうじゃない。僕が言いたかったのは、そうじゃない。どうしたら貴女を助けられるのか、という話で、名前がどうこうじゃない。
混乱が顔に出ていたのか、彼女は僕の手に自分の手を軽く重ねて、いいから、と囁いた。
「坂口さん」
「下の名前」
「なんて言うんですか」
彼女はまた悪戯っ子のように笑って言った。
「君と同じ名前。」
今度は僕が驚く番だった。頭の整理が追いつかなくて、瞬きを繰り返した。
彼女と、僕が、同じ名前。そんなことがあるだろうか。
「はやく」
僕の袖を軽く引いて、彼女は僕を急かす。
何度か口の開閉を繰り返し、やっとちゃんと音として発する。
「ヒビキ、さん」
「ふふ、正解。漢字も君と同じなのよ。響。素敵よね。」
胸がはち切れんばかりに、早鐘を打っていた。ただひたすらにうるさかった。
「私が君を知って、…恋をして、同じ名前だったことに気づいた。偶然、って言ってしまうのは、少し勿体ない気がするの。」
同じ名前の僕らが出会って、それは偶然ではなくて。つまり、いわゆる、
「運命…?」
「あは、何で疑問形なのよぅ」
「す、すみません」
彼女は笑っていた。やはり綺麗だった。
その笑顔を見る度、僕は思う。
彼女は、明日死ぬんだ。

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