第6話

【5話】
113
2019/06/28 10:06
 僕が響さんを愛せば、助かるんじゃないか。
雨が上がり、カラリと晴れた青空の下を、彼女と二人で歩いていた。
「堀内くん、このクレープおいしい」
「よかったです」
響さんは不満げな顔で僕を見上げる。小首を傾げれば、彼女は腕を絡ませて距離を縮めてきた。
「あーん、って、やってみたいの」
「え…」
「嫌?」
単純に、照れくさかった。でも、やりたいことはやらせてあげたい。それと、ほんの少しだけ、僕もやってみたかった。
「お願いします」
「やったぁ。はい、あーん」
ん、と、彼女のプラスチックのスプーンから生クリームを口に含む。ほんのりと苺の香りがして、甘くて美味しかった。
「美味しいですね」
「でしょ?ね、堀内くんもやって?」
え、と聞き返そうとしたが、飲み込んだ。彼女は立ち止まって、目を閉じて口を開けている。
一瞬、邪な考えが過ぎったが、僕にその勇気はなかった。
「はい、どうぞ」
「んー!チョコもおいひぃ」
「そうですね」
暫くクレープを咀嚼していたが、直に彼女は、目を合わせないまま言った。
「……ちょっと期待したのに」
思わず足が止まった。それは、先程のことを言っているのか。こちらを向いて目を閉じる、会って数時間の女性に、どうしろと。
「…キスは、ダメですか?」
彼女は僕に問うた。はにかむ姿も愛らしかった。
…焦っているのだろうか、と思ったが、焦るに決まっているだろう。響さんには、時間がない。
胸がチクリと傷んで、徐々に広がる。黒いインクを垂らしたようだった。
彼女には、時間がない。
僕は彼女に近づき、少し屈む。彼女に届くように。
「ん、」
「…クリーム、ついてましたよ」
彼女の口元をハンカチで拭い、僕はそう言った。
響さんは一瞬、すごく変な顔をしたけれど、すぐに微笑んだ。
「ありがとう」
僕は、ヘタレだ。

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