僕が響さんを愛せば、助かるんじゃないか。
雨が上がり、カラリと晴れた青空の下を、彼女と二人で歩いていた。
「堀内くん、このクレープおいしい」
「よかったです」
響さんは不満げな顔で僕を見上げる。小首を傾げれば、彼女は腕を絡ませて距離を縮めてきた。
「あーん、って、やってみたいの」
「え…」
「嫌?」
単純に、照れくさかった。でも、やりたいことはやらせてあげたい。それと、ほんの少しだけ、僕もやってみたかった。
「お願いします」
「やったぁ。はい、あーん」
ん、と、彼女のプラスチックのスプーンから生クリームを口に含む。ほんのりと苺の香りがして、甘くて美味しかった。
「美味しいですね」
「でしょ?ね、堀内くんもやって?」
え、と聞き返そうとしたが、飲み込んだ。彼女は立ち止まって、目を閉じて口を開けている。
一瞬、邪な考えが過ぎったが、僕にその勇気はなかった。
「はい、どうぞ」
「んー!チョコもおいひぃ」
「そうですね」
暫くクレープを咀嚼していたが、直に彼女は、目を合わせないまま言った。
「……ちょっと期待したのに」
思わず足が止まった。それは、先程のことを言っているのか。こちらを向いて目を閉じる、会って数時間の女性に、どうしろと。
「…キスは、ダメですか?」
彼女は僕に問うた。はにかむ姿も愛らしかった。
…焦っているのだろうか、と思ったが、焦るに決まっているだろう。響さんには、時間がない。
胸がチクリと傷んで、徐々に広がる。黒いインクを垂らしたようだった。
彼女には、時間がない。
僕は彼女に近づき、少し屈む。彼女に届くように。
「ん、」
「…クリーム、ついてましたよ」
彼女の口元をハンカチで拭い、僕はそう言った。
響さんは一瞬、すごく変な顔をしたけれど、すぐに微笑んだ。
「ありがとう」
僕は、ヘタレだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。