第24話

>>23
56
2019/04/14 11:10

【廣瀬】





最低だ、俺...。


何が歩兵頭並だ。


何が恩返しだ。



俺はなんのために、刀を降るってきたんだ?




...わかんねぇよ。




何ヶ月ぶりかの京の街へ帰ってきた。

凍えるような寒い夜。

俺の心は錆び付いて、何も考えたくなかった。


ー俺はこの手で恩人を殺した。

俺がー...幕府の補佐役なんかじゃなかったら、こんなことにならなくて済んだんだ。
誰もいない暗い夜道を歩いていると、遠くから1人の女の姿が薄ら見えた。





ーくそっ。



なんで...こんなときに。






今、一番会いたくない奴に会うなんて。
会いたくなかったのか...?
本当はずっと、心の拠り所であったはずだ。
そして誰よりも早く会いたかったはずだ。


なのに...なんで今こんなに会いたくないんだ?



明日香。
諸星明日香
諸星明日香
.....廣瀬...さん.....?
少し離れたところで、お互い立ち止まり目を合わせる。

明日香は驚いた顔で俺の顔を見つめた。
そしてしばらくして俺のもとへ駆け寄り、両手で俺の手を優しく包み込むようにとった。
諸星明日香
諸星明日香
お久しぶりです!お元気でしたか!?少し痩せたように見えますが.....
嬉しそうにしながら俺の顔を覗き込む。
しかし、俺は下方に目を逸らした。


ー見れないよ。見られたくない。こんな顔...。
諸星明日香
諸星明日香
.....廣瀬さん...
明日香は何も言わない俺を不思議そうにして、少し間を開けてから静かに尋ねた。
諸星明日香
諸星明日香
.....どうか...されましたか...?
廣瀬一太
廣瀬一太
.....最低だ、俺...
諸星明日香
諸星明日香
え...?
廣瀬一太
廣瀬一太
...俺は、恩人を殺した。
諸星明日香
諸星明日香
恩人を...?
廣瀬一太
廣瀬一太
姉さんが死んだ後、浪士組に入るまでの間面倒を見てくれた人がいてさ。...その人を幕命で殺せって言われてな。
諸星明日香
諸星明日香
それは...辛かったですね...
明日香は悲しげな顔をして少し目線を逸らした。


ばか。こいつまでこんな顔さして、何してんだ俺。
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【明日香】




かける言葉が見つからなかった。

遊女の仕事を終えて、たまたま帰り道を歩いていたとき、廣瀬さんに久々にあえた。
すごく嬉しい。…けれど。

妙に大人しい彼の顔を覗くと、
廣瀬さんは泣きそうな目をしていた。


…彼は、武士としての役割を果たすべくして大切な人を殺した。
幕命に従うことは、避けては通れない武士の運命。
廣瀬一太
廣瀬一太
周りのヤツは首を斬った後、俺を称えた。『よくやった。』『彼こそ誠の武士だ。』『さすが歩兵頭並!』ってな。...でも、ちっとも嬉しくなかったよ。感じたのは罪悪感だけで。...そしておじさんは俺に斬られる前にこう言った。
廣瀬さんは夜空を仰いで口を開いた。
廣瀬一太
廣瀬一太
『...―私を殺しなさい一太。さすれば私は幸せに天国に逝けるだろう。』
つーっと光る一滴の雫が廣瀬さんの頬を伝った。
その声は微かに震えていた。
廣瀬一太
廣瀬一太
おじさんは俺が罪人を殺せなかったら俺も罰せられることをわかっていたんだ。俺が躊躇わずにばっさり斬ることができたら周りからの支持も高くなり讃え称されることもあの人は知っていた。
諸星明日香
諸星明日香
…優しいお方だったんですね。...廣瀬さんは、辛いのに、本当によく頑張ったと思います。だからー...
元気出してください、といいかけたとき、廣瀬さんはトンっと私の肩に額をくっつけた。
諸星明日香
諸星明日香
ひっ、廣瀬さん...?
廣瀬さんの肩が震えていたことに気づく。
そして、彼が静かに泣いているがわかった。
廣瀬一太
廣瀬一太
っ...だから会いたくなかったんだよ...っ
諸星明日香
諸星明日香
へ...?
廣瀬一太
廣瀬一太
お前の顔見ると......
泣いてしまうからっ...
諸星明日香
諸星明日香
っ...
雪が優しく私たちを包み込むように舞う雪華の夜。


恩人を殺して、廣瀬さんは、どれだけ辛かっただろう。

廣瀬一太
廣瀬一太
結局俺は1人じゃなんもできない。今辛い時も、こうしてお前に寄り添って貰えないと、1人で立ち直ることだってできない...!
できなかったんだはじめからっ...!!
この剣術だって!!!!何のっ...!!!役にもっ.....
悔しそうに声を荒らげた彼の震えるその背中に、そっと腕を回し、抱き締めた。
諸星明日香
諸星明日香
.....廣瀬さんが憎たらしく思うその剣は、人の命を奪う、単純で明確なものかもしれません。...でも、それだけじゃないです。
あなたの剣は、人に勇気を与えることも、助けることもできる。
おさなちゃんだって、しまだって。
みんな廣瀬さんに憧れを抱いている。
諸星明日香
諸星明日香
剣士としてたくましく生き抜こうとするあなたを見て...恋をした私も...あなたに勇気を与えられたうちの1人です。1人じゃ何にも出来ないなんてあたりまえじゃないですか。そんな廣瀬さんは廣瀬さんじゃないです。きっと今の廣瀬さんを見るとおじさんは悲しみます。だから...そんな悲しいこと、言わないでください。
廣瀬一太
廣瀬一太
...明日香っ
廣瀬さんは左手を私の背中にのばし、ぎゅっと力強く抱き締めた。
廣瀬一太
廣瀬一太
俺...今初めて右腕もあればいいのにって思ったよ。
少し微笑みながら彼は言った。
廣瀬一太
廣瀬一太
そしたら...もっと強く、お前を抱き締められるからさ。
その瞬間、目から涙が溢れ出した。

あぁ、もう。
泣かせないでよ...。
諸星明日香
諸星明日香
それなら.....私がなります。
廣瀬一太
廣瀬一太
へ?
私の発言に驚いたのか、ぱっと顔を上げて私を見つめる廣瀬さん。
諸星明日香
諸星明日香
どんなときも、廣瀬さんのお傍にいます!ずっとずっと役に立てる小姓になります!
涙ぐみながらも、はっきりとこう告げた。
諸星明日香
諸星明日香
あなたの右腕になりたい...!
廣瀬一太
廣瀬一太
明日香...
諸星明日香
諸星明日香
...えっと...この意味伝わってますか...?
私の顔はすでに真っ赤だろう。耳まで熱くて鼓動が早鐘を打つ。

そんな私をみて廣瀬さんはおかしそうに笑った。
廣瀬一太
廣瀬一太
ははは!...うん、わかってるよ。じゃあこれからは...
諸星明日香
諸星明日香
廣瀬さんは私の耳元に顔を近づけて口を開いた。
廣瀬一太
廣瀬一太
明日香は小姓じゃなくって...





―俺の“お嫁さん”だねっ。
ニコッといつもの笑顔を見せる廣瀬さんの言葉に、今度は身体中から湯気が出るほど暑くなった。
諸星明日香
諸星明日香
っー!!
廣瀬一太
廣瀬一太
あれ?どうかした?顔真っ赤だよ?もしかして、俺の解釈に間違いがあったかな?
諸星明日香
諸星明日香
そっ!そんな!間違ってなんか...ないです...。
廣瀬一太
廣瀬一太
じゃ、合ってるってことでいいんだよね。
諸星明日香
諸星明日香
っ…はい...!
廣瀬一太
廣瀬一太
...明日香...



名前を呼ばれたかと思ったその時。
目の前が暗くなる。

ー唇に柔らかな感触。熱っぽい吐息。
廣瀬さんは、深く口付けをした。
しばらくして唇が離れた。
そして優しい声で廣瀬さんは呟いた。
廣瀬一太
廣瀬一太
...俺、決めたよ。
諸星明日香
諸星明日香
え?...何をですか?
廣瀬一太
廣瀬一太
歩兵頭並辞めて、お前を身請けする。
.....




しばらく意味がわからなかった。

でも、自然と涙が溢れる。
諸星明日香
諸星明日香
...ほんと...ですか?
廣瀬一太
廣瀬一太
あぁ、武士に二言は無い。俺は本気だよ。
身請け...

それは、遊女たちに課せられた身代金のような高額な値段を間夫が支払い自分のものにすることだ。
その値段は約60万円前後といわれ、簡単には返済できない額だ。
男性は妾の遊女を手に入れるにはその額を払わなければならない。
身請けした後の遊女は遊郭を辞め、島原を出て、大抵その男性と生涯を共に暮らす。


…廣瀬さんは有名な武家の御曹司で裕福な家庭に生まれたから、身請けできる余裕があるのだ。
諸星明日香
諸星明日香
...嬉しいです...ありがとうございます...!
廣瀬一太
廣瀬一太
そんなことで泣くなよ‪(笑)
くしゃくしゃの顔で下を俯きながら泣く私を廣瀬さんは優しく頭を撫でた。




お互いの気持ちが通じ合った雪の降る夜だった。

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