―夜の島原は昼とまるで違う顔を魅せる。
そして、身を売る遊女たちの気合いも当然のように変わってくる。
そんな花街・島原にある麻蔵遊郭には一人面倒な客がやってきた。
ある日の夜見世前の時間帯に私の部屋へ同じ遊女仲間の小鈴ちゃんがやってきた。
彼女は私より長くここで働いていて一応先輩遊女にあたる存在ではあるが、歳も大して離れていないから、とても仲良し。
藍木...。
それは、この島原でも有名な厄介な客・藍木丹十郎のことだった。
酒癖が悪く、気に入らない店は一瞬で火をつけ金を巻き上げ荒らしたい放題にする田舎武士のこと。
それは誰にも止めることができなかった。
なぜなら藍木は月宮団の上役にあたる人物だったからだ。
下手に注意すると月宮団も潰されてしまう。
小鈴ちゃんの声は微かに震えていた。
遊女は身を売る商売。
少しでも欠けるとそれは商品ならず、処分される。
小鈴ちゃんは一人前の遊女で、私は見習いの新造。
この遊郭で1番怪我をしても大丈夫なのは私だ。
何かあったとき、小鈴ちゃんと香純さんを守るのは私の役目。
ーそして迎えた藍木との座敷。
私と小鈴ちゃんは懸命に舞を踊り、間違えないように三味線を弾く。
1曲終わると、客席から拍手が聞こえてきて、ほっとする。
なんとか弾けた...。
ふと小鈴ちゃんの顔を見る。彼女もほっと安堵の表情をしていた。
藍木は1人だけではなく、何人かの部下の武士も座敷に呼んでいた。
その武士の中には、廣瀬さんの姿があった。
なんでいるんだろ...?
いや、きっと廣瀬さんのことだから歩兵頭並として参加している等の理由に違いない。
これも仕事なんだな...。
意外と大変そう...。
しばらく時間が経って、藍木はだいぶ酒に酔ってきた。
舞の途中で、藍木は口を出してきた。
小鈴ちゃんは懸命に頭を畳に付けた。
香純さんも「藍木はん、許したってください」と何とか宥めようとするが、盃を持って地面に叩き割った。
私はゆっくりと藍木の前にでた。
割れた盃の破片を拾いながらなんとか笑みを作って言った。
指先からは破片が刺さったのか、出血している箇所があったけど、気にならなかった。
お世辞を言ってみせると、藍木は持っていた扇子でクッと私の顎を上げた。
そう言うと、藍木は私の肩を強く引き寄せて手を私の尻に触れる。
気持ち悪いうえに、酒臭くてたまらない。
と、そのときだった。
酒瓶を持った廣瀬さんが私たちのところへ来て、不敵な笑みを見せてきた。
ポトポト...
廣瀬さんの持っていた酒は綺麗に藍木の頭にかかった。
藍木は殺気に満ち溢れていた。
私はキッと廣瀬さんを見て叫んだ。
私のその言葉から座敷は大変な騒ぎになった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。