第5話

五話
1,300
2019/07/02 06:09
 莉音達は、学校の側に住んでいるという氷室の自宅に場所を移すことにした。
 なんの変哲もない、マンションの一室だった。
氷室
氷室
せまくて悪いな。まぁ、適当に座ってくれ
 リビングに通された四人は、ローテーブルの周囲にそれぞれ腰をおろす。
氷室
氷室
珈琲でも淹れてくる
星川夢菜
星川夢菜
そんなことより
 キッチンに向かいかけた氷室が、夢菜に振り返った。
星川夢菜
星川夢菜
氷室……さん? あなた、先程ヒイラギさんが始まったきっかけを知っているとおっしゃっていましたけど……。それは、本当ですの……?
 リビングに戻ってきた氷室が、莉音達の前に座り直す。
氷室
氷室
……ああ、本当だ
柚木莉音
柚木莉音
あの、いま学校で起こっている連続自殺と、ヒイラギさんが関係あるかもって言ってましたよね。あれは……
氷室
氷室
ああ……
 曖昧な声を出した氷室は思案するふうに目を伏せ、片手で口許を覆った。次いで上目遣いで、莉音達を順々に見る。
氷室
氷室
今、君達の学校では……ヒイラギさんは、どういう存在になっている?
乃神
乃神
どう……と、言いますと?
氷室
氷室
例えば……恐れられている、とか……
紅城
紅城
自殺が始まってからは、そういう見方する連中もいるけどよ
氷室
氷室
そうじゃない。もっと、根本的な……
 少し迷い、莉音は彼に返答した。
柚木莉音
柚木莉音
……ヒイラギさんは、学校の守り神です。……少なくとも、私だけじゃなくて学校の皆も、そう思ってたと思います
氷室
氷室
……守り神……か
 氷室が眉根を寄せ、難しい面持ちをする。夢菜がおそるおそる尋ねた。
星川夢菜
星川夢菜
……違う――んですの?
 無言の末、氷室は顔を上げて一同に視線を滑らせる。
氷室
氷室
ヒイラギさんの祭りは、俺が君達の学校に勤めているときに始まった行事だ。始まった当初、ヒイラギさんの扱いは……神様なんかじゃなかった
柚木莉音
柚木莉音
神様じゃ……なかった……? じゃあ、ヒイラギさんはいったい……
氷室
氷室
……ヒイラギさんがおこなわれるようになったのは、当時の学校で起こっていた出来事の鎮静化を図るためだった。その出来事とは……今と同じ、生徒達による連続自殺だ
 氷室の告白に、莉音のみならず夢菜や紅城、乃神までもが言葉をなくした。
 これまで信じていたものが、常識が、一気にひっくり返された気分である。
 四人の中で最初に言葉を取り戻したのは、乃神だった。彼はひたいに手をやりながら、氷室に問う。
乃神
乃神
つまり……十数年前、氷室さんが学校の先生をしていた頃にも、今と同じことがあった……って、ことですか?
氷室
氷室
そういうことだ
紅城
紅城
そして、ヒイラギさんの祭りが始まった……?
 氷室が首肯する。
星川夢菜
星川夢菜
……その、当時の連続自殺は……ヒイラギさんをすることで、鎮静化はしましたの?
氷室
氷室
鎮静化には成功した。……が、その前に聞いてほしい話がある
 また座り直した氷室が、落ち着きなさげに唇を舐めて湿らせ、いくらか視線を鋭くさせた。彼の緊張が、莉音にも感染する。
氷室
氷室
……お前達、学校にあるヒイラギさんの祠が具体的になにを祀っているか、知っているか?
乃神
乃神
ヒイラギさんがなんなのか……っていう意味ですか?
氷室
氷室
そうだ
 莉音達は互いに視線を交わし、そうして首を横に振った。
氷室
氷室
……だろうな
 呟いて間を置き、氷室は暗い夜道を手探りで歩くような口調で、話し始める。彼は目線を宙に投じた。
氷室
氷室
……十数年前、ひとりの女子生徒がいた。その子は体が弱く、入退院を繰り返していたせいであまり学校に来ることも出来ず、友人も少なかったらしい。その生徒の名前は――柊華香ひいらぎはなか
 氷室が口にした名に、四人が緊張して息を呑む。
柚木莉音
柚木莉音
ひい……らぎ……?
氷室
氷室
……柊華香は病弱ではあったが、学校を嫌悪しているタイプの生徒じゃなかった。だから彼女は入退院の合間にも学校に通い、懸命に学校と馴染もうとしていた。……が、ある日、不幸な事故が起こる
 苦しげに眉間にしわを刻み、氷室は続けた。
氷室
氷室
それは、柊華香が一ヶ月の入院を終えて、久しぶりに学校に来た日だった。夏に入ったばかりの頃で、廊下や教室の窓は開いていた。そんな廊下の窓際を柊華香が歩いていると、友人同士でふざけていたひとりの男子生徒が、彼女にぶつかったんだ。
さっきも言ったが、柊華香は退院したばかりだった。筋力も体力も、当然ほかの生徒より落ちている。そんな彼女にとって、男子生徒との接触は決して小さな衝撃じゃなかっただろう。
そう……男子生徒とぶつかった柊華香は、そのまま窓から落下した。二階だった。運がよければ助かったかもしれない高さだし、その下には花壇もあった。……しかし、運の悪いことに、彼女は花壇に刺してあった柵の真上に落ちてしまった
紅城
紅城
柵が……刺さったってことか……?
氷室
氷室
そうだ。柵の一部は柊華香の喉を貫通し、結果として彼女は死に至った
 思わず、莉音はこぶしを握り締める。自分と同じ高校生の女子として、柊華香の最期はあまりにむごたらしく感じられた。
 氷室はなにかに耐えるようにいったん目を伏せ、再び目線を上げて話を続ける。
氷室
氷室
当然、大変な騒ぎになった。けれど、それが事故であったことは現場を見ていた生徒達が証明していたし、柵の上に落下したことにも人為的な要素はない。加えて、柊華香に友人が少なかったこともあり、騒ぎは比較的すぐにおさまった。
……しかし、彼女が亡くなって一週間ほどした頃――学校内で異変が発生した
 眼差しを鋭くして、氷室が声を硬くする。
氷室
氷室
突如、自殺をする生徒が……大量発生したんだ
星川夢菜
星川夢菜
それって……
氷室
氷室
異変は、それだけにとどまらなかった。同時期、ひとつの噂が校内を駆け巡っていた
乃神
乃神
ひとつの……噂……?
氷室
氷室
ああ。……亡くなった女子生徒を……柊華香を、見たという噂だ
紅城
紅城
見たって……。でも、その子は……
 紅城の言いたいことがわからないはずはなかっただろうが、氷室は応えなかった。
氷室
氷室
……連続自殺に、彼女を見たという噂。生徒のみならず、教師や保護者までもを巻き込む事態になったのは、言うまでもないだろう。君達が通う今の学校と、同じような状況に陥っていたわけだ。……そこで、俺達教師は事態の鎮静化に頭を悩ませざるを得なくなった
柚木莉音
柚木莉音
鎮静化って、どうやって……
 氷室は苦笑する。
氷室
氷室
言っちゃなんだが、ろくな案は出なかったよ。なにしろ、状況が状況だからな。教師の中には事態を恐れて学校に来なくなった者もいたし、実際問題、案が出たとしても、やってみなくちゃ効果があるのかどうかもわからなかった。
そんな中で、実行に移した案のひとつが……祠を建てて、柊華香の魂を鎮める――というものだった
星川夢菜
星川夢菜
祠って……まさか……
氷室
氷室
そう……。お前達の学校に建っている、あの祠だ
乃神
乃神
じゃあ……あの祠は、その女子生徒の……
 乃神が最後まで言うより早く、氷室が頷いて肯定した。
氷室
氷室
祠を建てることを決めた俺達は、それに加えて学校で祭りを執りおこなうことにした。学校全体で彼女の魂を鎮めることにしたわけだ。当時、柊華香の霊が存在しているという噂はほとんどの生徒が知っていたから、この決まりには大きな反発もなかった
紅城
紅城
……で、結果は……?
氷室
氷室
結果として――連続自殺は、止まった
柚木莉音
柚木莉音
ほ、本当ですか?
氷室
氷室
ああ。柊華香の霊を見たという噂も、ぷつりと途絶えた。それ以降、毎年祭りはおこなわれるようになり、今に至るというわけだ
星川夢菜
星川夢菜
それが……ヒイラギさんの、正体……
氷室
氷室
そういうことだ。事がおさまってから俺は教師をやめたから、どこから話がねじれて柊華香が学校の守り神なんて言われるようになったのかはわからんが、ひとつ俺から言えるのは、あの祠に祀られているのは守り神なんかじゃない……ってことだ
 不意に、莉音はぞっとした気分になった。
 これまで自分達は、学校に異変を持ち込んだものを守り神と信じて崇め、祀ってきたのである。
 他でもない、それこそが学校に害を成す異形だったというのに。

 気持ちがそうさせるのか、莉音は肌寒さを覚えて自身の腕を軽くさすった。
 悪心はするものの、しかし、実際に連続自殺が止まったという話はやはり聞き流せないだろう。莉音は氷室に向き直る。
柚木莉音
柚木莉音
やっぱり……いま学校で続いている自殺の原因は、ヒイラギさんをしなかったからなんですね
氷室
氷室
だと、俺は思っているがな
柚木莉音
柚木莉音
ってことは、今からでもきちんとヒイラギさんをすれば、自殺は止まる可能性が――
星川夢菜
星川夢菜
氷室さん
 突然、夢菜が莉音の話を遮った。彼女は鋭い眼差しで、氷室を見つめている。
 僅かに驚き、戸惑った様子で、氷室が夢菜に視線を返した。
氷室
氷室
……なんだ
星川夢菜
星川夢菜
その柊華香の霊を――排除することは、出来ないんですの?
 目を見張り、氷室が固まる。莉音も驚愕して、友人を凝視した。

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