第3話

三話
1,199
2019/06/18 06:09
 女子生徒が搬送されたあとも、校内の混乱が鎮まることはなかった。加えて、具合を悪くする生徒も多数出たために、生徒達は急遽、帰宅することが許された。

 しかし、莉音達はなかなか教室から出る気分になれず、ぼんやりと学校に残っている。
 それぞれ自分の席に腰掛けながら、四人は自分達の他には誰もいない静かな教室の空気を共有していた。
乃神
乃神
あのひと……
 三人の視線が、乃神に集まる。
乃神
乃神
あの……屋上から落ちたひと、先輩らしいよ。三年生なんだって。誰かが言ってた
星川夢菜
星川夢菜
……そうなんですの……
紅城
紅城
……にしても、なんでわざわざあんな場所の、あんな時間に……
 落下する前に微笑んでいた女子生徒の面持ちが、莉音をまぶたの裏から見つめてくる。瞬きをするたびに、そこに焼きついている彼女と視線が絡んでしまう。

 莉音は、内心で深いため息を漏らした。屋上から身を投げ、血に濡れ、まるで壊れたオモチャのようになってしまっていた女子生徒の姿はたしかにショッキングではあったが、それでも、衝撃があまりに大きすぎるためか、まだ自分の中でうまく処理をすることが叶わなかった。
柚木莉音
柚木莉音
あのひと……助かるのかな……
紅城
紅城
……難しいんじゃねーの? 落ちる途中でいったん木に引っ掛かったりしたなら、まだしも……
星川夢菜
星川夢菜
そうですわね……。出血も、多かったみたいですし……
 誰もが口を噤み、室内には沈黙が流れる。
 と、乃神が椅子を鳴らして立ち上がった。
乃神
乃神
……そろそろ、帰ろうか? ここにいても、しょうがないしね
柚木莉音
柚木莉音
……うん……
 そう、ここでこうしていても、なにも変わらない。
 自分に言い聞かせて帰る支度をし、莉音達は教室をあとにした。

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 その夜、屋上から飛び降りた女子生徒が結局亡くなってしまったという事実を、莉音は夢菜から電話で教えられた。
 やっぱり――と、正直思った。

 自殺の現場を見ていたこともあり、彼女の死亡にはたしかに衝撃を受けている。衝撃を受けているのに、一方でどこか他人事のように感じている己もいた。そんな自分に、戸惑った。

 もっと大きな衝撃を受けなければいけないはずなのに、女子生徒の自殺の現場も、血に濡れた無惨な体もたしかにこの目で見届けたというのに、それなのに、三日後にはもうこれを忘れて普通に生活をしてしまいそうな己が、恐ろしかった。

 自分はこんなにも薄情な人間だったのかと、自分の汚い部分を見てしまったようだった。
 それとも、親しくもない人間の死とは、こんなものなのだろうか。誰かがこの世からいなくなってしまったことよりも、死そのものに衝撃を覚えてしまうような。誰かが目の前で自殺をしたという事実が、なによりも印象的であるような。

 実際、莉音の意識に強く焼きついているのは女子生徒の死亡の結末ではなく、彼女が屋上から落下する直前に見せた、あの薄気味の悪い微笑だった。
 どれだけ考えても、わからない。

 自殺の寸前に誰かに笑みを向ける心境とは――いったい、どのようなものなのだろうか。

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 女子生徒の自殺の翌日、当然のことながら学校はまだ落ち着きを欠いていたが、さらにその翌日の出来事が、学校の乱れた空気に拍車を掛けた。
 またも、校内で自殺者が出たのである。

 亡くなったのは男子生徒で、トイレの中で手首を切って死亡していたのが発見された。
 そして、その日を皮切りに――いや、本当の皮切りは屋上から女子生徒が飛び降りた日だっただろう――生徒の自殺が、立て続けに発生した。

 ある者は校内で、ある者は校外で、次々と自ら命を絶ったのである。
 共通して、遺書はなかった。前日まで元気に登校していた生徒も多く、そんな生徒達が突然、謎の自死を図っている。
 学校が混乱を極めたのは、当然のことと言えるだろう。

 生徒や教師はもちろん、混乱は保護者や近隣住民にまで伝播し、挙句の果てにはテレビの記者やカメラマンなどまで押し寄せ、莉音達の通う学校を「呪われた学校」として、面白おかしく騒ぎ立てた。

 テレビでは連日、無責任なコメンテーターが好き勝手なことを話していた。身勝手な噂も、数多に飛び交った。
 学校の教育に問題があるという噂。校内でおかしな病が流行しているに違いないという噂。故に学校を閉鎖し、生徒達を隔離しろという暴論。自殺した生徒達は、じつは妙な宗教にのめり込んでいたのだという噂まであった。

 しかし、これらはあくまで学校の外で流れていた噂である。
 校内にはそんな噂よりも遥かに強い存在感を持ち、畏怖と共に囁かれているひとつの噂があった。

 それは――学校の守り神の怒りに触れた――というものだ。

 つまり、ヒイラギさんの祭りをおこなわなかったせいでヒイラギさんが憤っていると、そういう考えを持つ者が校内には多数、存在しているのである。

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