彼女に反論することが叶わず、莉音は氷室に目をやった。
氷室は眉根をきつく寄せ、難しい面持ちで夢菜を見る。
紅城の呟きに、乃神が無言で彼に視線をやった。
それまで黙って聞いていた乃神が、紅城に顔を向ける。
この台詞に、紅城は口を噤んだ。莉音もぎくりとする。
そう、連続自殺という魔の手が自分達を避けてくれる保証など、微塵もない。そんなものは、ただの希望的観測だ。明日――いや、今日にだって、この中の誰かがヒイラギさんに捕らわれてしまう可能性も、決して低いとは言えないのである。
たまたま、今日まで四人が無事にいられただけの話だ。
黙った紅城に代わって、夢菜が乃神に挑む。
ふたりのやり取りに言葉をはさむことが出来ず、莉音はすがる気持ちで氷室の名を呼ぶ。
思慮深げにしばし口を閉ざしていた氷室が、懊悩するふうに前髪を掻き上げた。
彼は目を伏せ、片手で口許を覆う。
紅城が、はっとする。
このとき、莉音は自身の背中を冷たいものが這い上がってくるのを感じた。
――恐怖である。
話し合いは出来ず、人間の理屈も通じないものが暴走してしまえば、その先に待っているものは、いったいなんなのだろうか。なにをどうすれば、その暴走は止まるのだろうか。すべてを破壊し尽くすまで――止まらないのだろうか。
室内に、沈黙が満ちた。
先程までは意識すらしていなかった時計の秒針の音が、異様に大きく聞こえる。
氷室が小さく息を吐いた。
それから僅かな間を置いて、彼は述べる。
過去を思い出すふうな眼差しで、氷室は苦笑した。
自分の掌に目線を落として、彼は続ける。
乾いた声で、氷室は笑う。
問われて、莉音は感付く。
乃神の言葉を受け、氷室は頷いた。
彼の言葉に四人はそれぞれ目配せをし、そうして首を縦に振る。
言って、ふたりは連絡先を交換し合った。
それを解散の合図に、莉音達は氷室の自宅をあとにする。
思いのほか長く話し込んでいたようで、空はすっかり鮮やかな橙色に染まっていた。周囲の木々の葉が秋の風に揺れて、どこか寂しげな音をたてる。
そんな音にまじって、莉音は風鈴の微かな音を聞いた気がした。音は遠く、たしかではなかったけれど、訊き慣れた旋律が風の奥からそっと莉音を手招いたふうな、そんな気がした。
振り返り、足を止めた莉音を、紅城が不思議そうに見る。
今しがたの風鈴の音は、他の者には聞こえなかったのだろうか。それとも――莉音の気のせいだったのだろうか。
内心で首を傾げながらも、莉音はそれを皆に訊くことが叶わなかった。どうして訊けなかったのかは、自分でもよくわからない。
ただ、控えめな風鈴の音が寂しく耳にこびりつき、莉音の心に僅かなわだかまりを確かに残したのだった。
頬を撫でる風は、いささか冷たい。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。