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第10話

十話
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2019/08/06 06:09
柚木莉音
柚木莉音
ゆっ、夢菜ちゃん、なに言って……
 今の彼女の話を聞く限り、柊華香の友人になるということは、つまり――この世の住人ではなくなるということではないのか。
 夢菜が莉音に振り返る。そうして優しい面差しで、穏やかに微笑した。

 莉音は悟る。おそらく夢菜は、こうすることでヒイラギさんの一件に決着をつけるつもりなのだ。そして、それと同時に莉音をも守ろうとしている。
 夢菜がこう言わなければ、おそらくふたりはそろって柊華香によって自殺に追い込まれていたことだろう。

 しかし、だからといって納得など出来るはずもなかった。
柚木莉音
柚木莉音
夢菜ちゃん、だめ……だめだよ、そんなの……
星川夢菜
星川夢菜
莉音
 一歩踏み出した莉音を、夢菜が真っ直ぐに見つめる。
 来てはいけない、と彼女の瞳が訴えていた。莉音に生きてほしいのだと、眼差しが語っている。

 それを認めて、莉音は動けなくなった。ここで動くことは、夢菜の決意を穢すことにも繋がるのだと察する。
 夢菜を止めたい自分と、止められない自分。足と喉が、その狭間で揺れ動いて震えた。

 顔を柊華香に戻した夢菜は、少女に向かってゆっくりと歩む。
 そうして相手の前に立つと、柊華香を優しく抱きしめた。

 少しの間を置いて、柊華香の両腕が夢菜の背中にまわる。それは、彼女が夢菜を受け入れたなによりの証拠であった。
 夢菜の背を抱く柊華香の両手が、徐々にすがるものへと変わる。その指先から、莉音は彼女の孤独を垣間見た気がした。

 莉音は、夢菜にしがみつく彼女から目が離せなくなる。そこには、ヒイラギさんでもなんでもない「柊華香」というひとりの少女の姿があった。

 無意識に腕を伸ばしかけた莉音を、突風が遮る。砂から双眼をかばうため、莉音は腕で顔を覆う。
 風がやみ、慎重に腕をおろして顔を上げると、ふたりの姿は忽然と消えていた。
 周囲を見回しても誰もおらず、墓所にいるのは莉音ひとりきりである。

 夢菜があちら側に行ってしまったことを、莉音は悟った。それは曖昧な感覚ではなく、確固とした確信だった。
 けれども、それを信じたくない自分もたしかにいる。そんな思いが莉音の足を、視線を、墓所中に巡らせた。

 墓地のあちこちを歩き回り、何度も何度も夢菜を呼んだけれども、返事はない。
 そうして歩き回っているうちに、莉音は柊華香のものと思われる墓を発見した。

 墓には枯れた花が残されているばかりで、手入れが行き届いている様子はない。その事実に、莉音は胸が苦しくなった。
 日が暮れ、辺りが暗くなるまで墓所を中心に歩き回り、夢菜を探したけれど、結局、莉音は彼女を見つけることが叶わなかった。

 おそらく、どれだけ探しても夢菜には二度と会うことが出来ないだろうと、莉音は感付いている。
 それでも、認めたくないという思いが莉音の足をいつまでも、いつまでも動かし続けているのだった――。

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 夢菜がいなくなってから、二週間が経過した。しかし、依然として彼女の行方はおろか、手掛かりすらも掴めてはいない。
 その日、莉音は花や線香を持って、ひとり道を歩いていた。

 夢菜がいなくなったのと入れ替わるように学校での連続自殺は終息し、学校は少しずつではあるがいつもの空気を取り戻そうとしている。
 だが、この一件で失ったものはあまりにも多い。

 紅城と乃神も、病院に搬送されたものの帰らぬひととなってしまった。
 あのとき夢菜が助けてくれなければ、きっと莉音も同じ結末をたどってしまったことだろう。

 そんなことを考えながら莉音は墓所に入り、目的の墓の前に進んだ。花や線香を供え、ひとり静かに手を合わせる。
 二週間前、この墓参りのために四人で並んで道を歩いたのが嘘のようだった。

 微風が、墓所の周囲の木々と莉音の髪を揺らす。
 そのとき、ふと視野の端に見覚えのある姿を認めた気がして、莉音は振り返った。

 しかし、そこには寂しげな空間が広がっているばかりで、ひとはおろか小鳥の姿さえもない。
 柔らかな陽光が、墓所全体を照らす。

 莉音は一瞬人影が見えたそこを、じっと見つめ続けた。
 見間違いではないと思った。今たしかに、そこに夢菜と柊華香の姿を見た。
 しばらくそこに佇んでから、莉音は帰る支度を整えて、墓所を出る。

 きっとこれからは、ヒイラギさんの祭りを執りおこなわなくても、自殺者が出ることはないだろう。学校に通う生徒も、関係者も、誰ひとりとして、もうヒイラギさんにおびえる必要はない。

 墓所の出口で、莉音は振り返った。太陽の光のおかげか、墓地の雰囲気は不思議と穏やかである。
柚木莉音
柚木莉音
また来るね
 言って、今度こそ背中を向けてそこを去った。
 りーん――と、どこかで涼しげな音が響く。

 まるで、莉音の言葉に返答をしたかのように。

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