第7話

七話
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2019/07/16 06:09
 翌朝、莉音は自身のスマホが電話を知らせる音で目覚めた。
 電話の相手をたしかめてみると、夢菜である。彼女が早朝から電話をしてくることは多くなく、不思議に感じながら、莉音は電話に出た。
柚木莉音
柚木莉音
……はい。夢菜ちゃん? どうしたの、こんな早くから――
星川夢菜
星川夢菜
どうしたじゃありませんわ! 莉音、私、私……!
 声は、明らかに狼狽している。その態度は、いつも冷静な友人らしくなかった。
柚木莉音
柚木莉音
お、落ち着いて。本当にどうしたの? なにかあったの?
星川夢菜
星川夢菜
ひ……氷室さん、が……
柚木莉音
柚木莉音
……え?
星川夢菜
星川夢菜
氷室さんが……じ、自殺……を……
 一瞬、莉音は周囲の音が遠ざかったような錯覚に陥った。
 取り落としそうになったスマホを握り直し、なんとか相手に訊き返す。
柚木莉音
柚木莉音
……自、殺……? 待って、夢菜ちゃん……それ、どういう……
星川夢菜
星川夢菜
私……私、氷室さんに訊きたいことがあって、それで朝早くに家を出て、氷室さんのお宅に伺おうと思ったんですの。そしたら、そしたら……っ
柚木莉音
柚木莉音
夢菜ちゃん、ゆっくり話して大丈夫だから。落ち着こう
 言うと、電話の向こうで懸命に深呼吸をしようとしている息遣いが聞こえたが、それは深呼吸というにはあまりにも荒々しいものだった。
 僅かな間を置いて、夢菜が再び話し始める。
星川夢菜
星川夢菜
氷室さんの家の近くまで来たとき、ひとりでふらふら歩いている氷室さんを見かけましたの。呼び掛けても返事がなくて、人違いなのかしらと思ったら……い、いきなり、走ってくる車の前に、飛び出して……
 夢菜の声は震えて、今にも消えてしまいそうだった。
 思わず車に撥ねられた氷室の姿を想像した莉音は、血の気が引くのを覚える。
星川夢菜
星川夢菜
どういうことですの? ヒイラギさんの犠牲者は生徒ばかりで、大人のほうが安全だって、昨日……昨日おっしゃっていたばかりではありませんか! こんな……こんなの……
柚木莉音
柚木莉音
ゆ、夢菜ちゃん……
星川夢菜
星川夢菜
こんなの――ヒイラギさんが氷室さんを邪魔に思って殺したとしか思えませんわ!
 彼女の叫びに、莉音は感付く。
 たしかに、夢菜の言う通りだった。

 莉音はこの瞬間まで、夢菜の動揺は氷室の自殺現場を目撃してしまったことから来るものとばかり思っていたのだが、ひょっとすると、そればかりではないのかもしれない。

 氷室が夢菜の言葉の通り、本当にヒイラギさんの怒りに触れたことによって命を奪われたのだとしたら。
 それは――ヒイラギさんを排除しようとしている莉音達も、例外ではないということになる。
 恐怖と不安が、急激に胸中で存在感を増した。自分達はとんでもないことをしようとしていたのだという自覚が、今さらながらに芽生えてくる。
星川夢菜
星川夢菜
莉音、莉音っ……私、どうしたら……
柚木莉音
柚木莉音
と、とりあえず、うちにおいで夢菜ちゃん。私のほうから紅城くんと乃神くんにも連絡しておくから
星川夢菜
星川夢菜
え、ええ……わかりました……莉音の、家に……
柚木莉音
柚木莉音
……夢菜ちゃん、本当に大丈夫? 私、迎えにいこうか?
星川夢菜
星川夢菜
いえ……大丈夫、です……ありがとう……
 その言葉を最後に、電話は切れた。
 夢菜を心配に思いながらも、莉音は急いで紅城と乃神に電話をし、現状を手短に伝える。ふたりからも当然、驚愕と困惑が返ってきた。

 乃神との電話の途中、とうとう学校が休校になってしまった事実を、母から伝えられた。
 状況は、確実に悪化の一途をたどっている。

 今は学校とは直接の関係はないはずの、氷室の死亡。そして、休校にせざるを得ないほどの犠牲者の数。
 事態は、もう一刻の猶予さえも莉音達に許してはくれないらしい。

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 四人は、莉音の家に集まっていた。
 莉音の自室で、一同は思い思いに腰をおろしている。
 皆の手には、莉音の母が淹れてくれた温かいココアがあった。夢菜がそれを少しずつ、少しずつ飲んでいる。
柚木莉音
柚木莉音
夢菜ちゃん、大丈夫……?
星川夢菜
星川夢菜
ええ……ありがとう、莉音……。ごめんなさい、取り乱して……
乃神
乃神
謝ることじゃないよ。昨日会ったばかりのひとの事故を目の前で見ちゃったら……
紅城
紅城
ああ。平常心を保てっていうほうが、無理な話だ
 室内に沈黙が落ちる。氷室の死亡は、間違いなく四人にとって大きな打撃となっていたのだった。
柚木莉音
柚木莉音
……どうする? これから……
紅城
紅城
……氷室さんの事故は、やっぱヒイラギさんのせい……ってことで、いいんだよな?
星川夢菜
星川夢菜
……おそらく。呼んでも返事をしてくれませんでしたし、足取りもふらふらしていましたわ。まるで……誰かに操られているような……
乃神
乃神
……氷室さんは、学校に通う生徒でもなければ、今はもう学校の関係者でもない。にもかかわらず、こうなったってことは……ヒイラギさんの――いや、柊華香の牽制……。それとも、報復……かな
紅城
紅城
自分を排除しようとするやつは、無差別に自殺まで追い込む……ってことか
乃神
乃神
たぶん……
柚木莉音
柚木莉音
なら、やっぱりヒイラギさんの祭りをするしか……
星川夢菜
星川夢菜
ですが、祭りは学校全体でおこなうものですわ。ただでさえ、たくさんの自殺者で生徒の人数が減っている上に、学校自体もとうとう休校になってしまいました。今から準備をするにしても……
紅城
紅城
……祭りが出来る頃には、何人の生徒が残ってるか……
 現状の厳しさに、皆が重く唇を閉ざす。
 ふと、莉音は気になったことを夢菜に尋ねた。
柚木莉音
柚木莉音
そういえば……。夢菜ちゃん、氷室さんに訊きたいことがあるって言ってたけど……なにを訊きにいくつもりだったの?
星川夢菜
星川夢菜
……柊華香の、お墓の場所ですわ
乃神
乃神
……お墓?
星川夢菜
星川夢菜
ええ。じつは、墓地の場所は昨夜に教えてもらっていましたの。役に立つかわからない情報だけど、一応……って、メッセージが来て。でも私、その墓地の正確な場所がわからなくて、それを氷室さんに尋ねようと思ったんですわ。
放課後にでも案内していただこうと……。それが……あんなことに……
 墓という言葉を受け、莉音は少し思案した。
柚木莉音
柚木莉音
……お墓……
紅城
紅城
……柚木?
 莉音は皆に向き直る。
柚木莉音
柚木莉音
……ねぇ、皆でそこへお墓参りに行ってみない?
乃神
乃神
お墓……参り……?
柚木莉音
柚木莉音
うん。今からまたヒイラギさんの祭りをするのは、きっと難しいでしょ? でも、お墓参りくらいなら……。もっとも、それに効果があるかどうかは、全然わかんないんだけど……
 顎に指を添えて考える素振りを見せた夢菜が、小さく頷いた。
星川夢菜
星川夢菜
……悪くないかもしれませんわね。どの道、今の段階では私達に出来ることは限られていますし……
紅城
紅城
それに、効果があるかどうかわからねぇってのも、墓参りに限った話じゃねーしな
乃神
乃神
星川さん、氷室さんに教えられた墓地の場所って?
 夢菜がスマホを取り出し、操作をしてから乃神に手渡す。
星川夢菜
星川夢菜
ここですわ
 スマホを受け取った乃神が画面に目を落とし、隣の紅城も顔を寄せてそれを覗き込む。すると、紅城が目を丸くして画面を指差した。
紅城
紅城
あ、俺ここわかるわ
乃神
乃神
ほんと?
紅城
紅城
おー。中学の頃そこで肝試しして、近所のじいさんに狂ったように怒鳴られたことある。墓よりもじいさんのほうが怖かったな
乃神
乃神
よくそんな罰当たりなこと、しようって気になるよね
紅城
紅城
お前、そういうとこほんと真面目だよな
乃神
乃神
信仰心の問題でしょ
柚木莉音
柚木莉音
あの……本当に場所わかるの?
紅城
紅城
ああ、大丈夫だ。道案内は、俺にまかせろ
 それを聞き、夢菜が安堵したふうに小さく息を吐いた。彼女を視認した紅城は、存外に優しい調子で声を掛ける。
紅城
紅城
……なんつー辛気臭い顔してんだよ
星川夢菜
星川夢菜
……放っておいてくださいな。生まれつきですわ
紅城
紅城
そんなわけあるか。氷室さんの件は、べつにお前のせいじゃねぇ。氷室さんを巻き込んじまったってんなら、お前だけじゃなく俺達皆そうなんだ
乃神
乃神
……そうだね。このヒイラギさんのことに関しては、誰が悪いとか、なんかもうそういう問題じゃないよね
柚木莉音
柚木莉音
そうだよ、夢菜ちゃん。いま私達に出来ることは、どうしても限られちゃうけど……でも、それでヒイラギさんがおとなしくなってくれる可能性があるなら……試してみよう。頑張ってみよう
 軽く目をしばたたいた夢菜が、順々に三人を見やってから微かに笑った。
星川夢菜
星川夢菜
……ありがとう
紅城
紅城
……で、墓はいつ行くんだ?
乃神
乃神
出来るだけ早いほうがいいだろうね。なんなら、今から行く?
星川夢菜
星川夢菜
そうしましょう
 きっぱりと述べた夢菜を、莉音は少々驚いて見返す。
柚木莉音
柚木莉音
夢菜ちゃん、大丈夫なの……?
星川夢菜
星川夢菜
大丈夫ですわ。……ありがとう、莉音。でも、一刻も早くヒイラギさんをなんとかしなくてはなりませんし――
 ココアを呷って飲み干し、夢菜は継いだ。
星川夢菜
星川夢菜
……そうしないと、氷室さんに顔向けが出来ませんわ
 彼女の瞳には、意志の強さが戻りつつある。実際は相当に無理をしているのだろうが、それでも、前に進もうとする夢菜の強さは、たしかに莉音にも影響を与えた。
 莉音は頷く。
柚木莉音
柚木莉音
……うん。そうだよね
 こうして、四人は柊華香の墓へと向かうことになったのであった。

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