翌朝、莉音は自身のスマホが電話を知らせる音で目覚めた。
電話の相手をたしかめてみると、夢菜である。彼女が早朝から電話をしてくることは多くなく、不思議に感じながら、莉音は電話に出た。
声は、明らかに狼狽している。その態度は、いつも冷静な友人らしくなかった。
一瞬、莉音は周囲の音が遠ざかったような錯覚に陥った。
取り落としそうになったスマホを握り直し、なんとか相手に訊き返す。
言うと、電話の向こうで懸命に深呼吸をしようとしている息遣いが聞こえたが、それは深呼吸というにはあまりにも荒々しいものだった。
僅かな間を置いて、夢菜が再び話し始める。
夢菜の声は震えて、今にも消えてしまいそうだった。
思わず車に撥ねられた氷室の姿を想像した莉音は、血の気が引くのを覚える。
彼女の叫びに、莉音は感付く。
たしかに、夢菜の言う通りだった。
莉音はこの瞬間まで、夢菜の動揺は氷室の自殺現場を目撃してしまったことから来るものとばかり思っていたのだが、ひょっとすると、そればかりではないのかもしれない。
氷室が夢菜の言葉の通り、本当にヒイラギさんの怒りに触れたことによって命を奪われたのだとしたら。
それは――ヒイラギさんを排除しようとしている莉音達も、例外ではないということになる。
恐怖と不安が、急激に胸中で存在感を増した。自分達はとんでもないことをしようとしていたのだという自覚が、今さらながらに芽生えてくる。
その言葉を最後に、電話は切れた。
夢菜を心配に思いながらも、莉音は急いで紅城と乃神に電話をし、現状を手短に伝える。ふたりからも当然、驚愕と困惑が返ってきた。
乃神との電話の途中、とうとう学校が休校になってしまった事実を、母から伝えられた。
状況は、確実に悪化の一途をたどっている。
今は学校とは直接の関係はないはずの、氷室の死亡。そして、休校にせざるを得ないほどの犠牲者の数。
事態は、もう一刻の猶予さえも莉音達に許してはくれないらしい。
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四人は、莉音の家に集まっていた。
莉音の自室で、一同は思い思いに腰をおろしている。
皆の手には、莉音の母が淹れてくれた温かいココアがあった。夢菜がそれを少しずつ、少しずつ飲んでいる。
室内に沈黙が落ちる。氷室の死亡は、間違いなく四人にとって大きな打撃となっていたのだった。
現状の厳しさに、皆が重く唇を閉ざす。
ふと、莉音は気になったことを夢菜に尋ねた。
墓という言葉を受け、莉音は少し思案した。
莉音は皆に向き直る。
顎に指を添えて考える素振りを見せた夢菜が、小さく頷いた。
夢菜がスマホを取り出し、操作をしてから乃神に手渡す。
スマホを受け取った乃神が画面に目を落とし、隣の紅城も顔を寄せてそれを覗き込む。すると、紅城が目を丸くして画面を指差した。
それを聞き、夢菜が安堵したふうに小さく息を吐いた。彼女を視認した紅城は、存外に優しい調子で声を掛ける。
軽く目をしばたたいた夢菜が、順々に三人を見やってから微かに笑った。
きっぱりと述べた夢菜を、莉音は少々驚いて見返す。
ココアを呷って飲み干し、夢菜は継いだ。
彼女の瞳には、意志の強さが戻りつつある。実際は相当に無理をしているのだろうが、それでも、前に進もうとする夢菜の強さは、たしかに莉音にも影響を与えた。
莉音は頷く。
こうして、四人は柊華香の墓へと向かうことになったのであった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。