第4話

四話
1,305
2019/06/25 06:09
星川夢菜
星川夢菜
もう、うんざりですわ
 放課後の教室で、夢菜はそう愚痴を漏らした。
 教室に残っているのは莉音に夢菜、紅城に乃神――いつもの四人だった。
星川夢菜
星川夢菜
登下校するだけでカメラやマイクを向けられますし、塾では腫れものに触るような扱い。陰でこそこそ話されることの、なんと気分の悪いこと
乃神
乃神
記者のひと達の質問も、だいたい無神経だしね
 ため息をつきながら、莉音は頷く。
 最初の女子生徒が亡くなってからまだ一週間しか経過してはいないものの、怒涛の勢いで流れた日々はそれ以上の長さを莉音に感じさせていた。
柚木莉音
柚木莉音
結局……なんでこんなことになっちゃったのかな……
紅城
紅城
……俺らが考えたところで、わかるわけねぇだろ……
 紅城の声からは、いつもの勢いがすっかり失われている。
乃神
乃神
……あのさ……
 いささか言いづらそうに、乃神が述べた。
乃神
乃神
ヒイラギさんのせいだって、噂あるじゃん、あれ、あながち外れてもいないんじゃないかな
紅城
紅城
おいおい、お前までなに言い出すんだよ
星川夢菜
星川夢菜
そうですわ。そんな、非現実的な理由
乃神
乃神
非現実的って言うけど、それを言うなら、今の自殺者が続いてる状況だって充分に非現実的だよ
 乃神の指摘に、紅城と夢菜が黙る。乃神は続けた。
乃神
乃神
第一、自殺者が出るようになったのは、噂の通りたしかにヒイラギさんをしなかったあとなんだ。色々考えてみたけど、他に理由らしい理由は思いつかないよ。自殺したひと達は学年も部活もバラバラで、ろくな共通点すらなかったんだから
柚木莉音
柚木莉音
……お祭りをしなかったから……ヒイラギさんが、怒ってる……?
 呟いた直後、風に乗ってヒイラギさんの祠に飾られている風鈴の音が微かに聞こえてくる。
 まるで返事をしているふうなそれに、四人はなんとなく、口を噤んでしまった。
 四人だけの放課後の教室に、寂しげな清音が響く。
紅城
紅城
……んなこと、俺らが考えたところでどうしようもねぇよ……
星川夢菜
星川夢菜
そう……ですわね
 ふたりはそう言ったものの、語気は弱々しい。
 紅城は荒々しく椅子から立ち上がった。
紅城
紅城
もう帰ろうぜ。俺、バイトあるし
星川夢菜
星川夢菜
私も塾が
 莉音も立ち上がろうとしたとき、乃神が窓の外を凝視しているのに気が付く。
柚木莉音
柚木莉音
……乃神くん?
 莉音を一瞥した乃神が、無言で窓の外を指差した。
 三人は、彼の示した先を見やる。教室の窓からは、学校の正門が確認できた。その陰に、ひとりの男の姿がある。

 距離があるため詳細まではわからないが、どうやら顎ひげを生やした男性らしいことがわかった。そんな男性が、なにかを言いたげに学校を見つめているのである。見覚えのない男だった。
紅城
紅城
……またテレビのやつか?
乃神
乃神
僕も最初そう思ったんだけど、どうも違うみたいなんだよね。カメラのひともいないし、なにより――
紅城
紅城
……なにより?
乃神
乃神
誰かを待ってるっていうより……ただ学校を見てるだけって感じがするというか……
紅城
紅城
……なんのために
乃神
乃神
そんなの、僕が知るわけないじゃない
星川夢菜
星川夢菜
……声でも掛けてみます?
 夢菜の提案に、莉音は驚いた。彼女は時折、大胆な言動をとることがある。
柚木莉音
柚木莉音
こ、声って……
星川夢菜
星川夢菜
乃神くんの言う通り、たしかにテレビ局の関係者って雰囲気ではありませんし。それに、私達も今から帰るわけですから、ついでですわ
柚木莉音
柚木莉音
あ、危ないひとだったらどうするの?
星川夢菜
星川夢菜
学校の前なんですから、不躾な男だった場合は悲鳴でもあげればいいんです。泣く演技には自信がありますので、安心なさいな
 紅城と乃神が、信じられないものでも見るような面差しで夢菜を見た。
紅城
紅城
なんつーあくどい女だ……
乃神
乃神
主人公をいじめる悪徳令嬢って感じ……
星川夢菜
星川夢菜
お黙り。さぁ、裏口から出て正門にこっそり回り込みますわよ。急ぎなさい
 基本的に、夢菜には行動力が備わっている。つまり、彼女がここまで言い出したからには、莉音と紅城と乃神は夢菜についていくしかないのであった。
 結果、四人はまるで忍者のような足取りで、正門へと向かうことになる――。

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星川夢菜
星川夢菜
そこの不審者、よろしいかしら
 正門に立っている男の背後から、夢菜は堂々と声を掛けた。男は目を丸くして驚きつつ、振り返って莉音達を見返す。
星川夢菜
星川夢菜
うちの学校に、なにかご用でもありまして?
 問われ、男は目をしばたたいてから、はっとして苦笑した。
氷室
氷室
あ……ああ、すまない、用があるわけじゃないんだが……
 夢菜は腰に手をあて、男を睨みつけている。それを認めて、男は自身の首の後ろを掻いた。
氷室
氷室
……参ったな。俺は不審に思われているのか?
星川夢菜
星川夢菜
そういうことになりますわね
氷室
氷室
……まぁ、無理もないか
 夢菜があまりにも直球な言葉を返しているので、莉音はふたりの会話をハラハラしながら聞いている。口を挟んでいない紅城と乃神も、同じような心境なのかもしれなかった。
星川夢菜
星川夢菜
で、用がないなら、どうしてそんなところにいらっしゃるんですの?
 ここで初めて、男が明確な躊躇を見せる。彼は言い淀んだ末に、四人に視線をやりながら訊いた。
氷室
氷室
今年は……その……ヒイラギさんをしなかったというのは、本当か?
 男の意図がわからず、莉音達は互いに目配せをする。
乃神
乃神
本当ですけど……それが、なにか?
氷室
氷室
……自殺が……続いているらしいな
紅城
紅城
それが、なんだよ。あんたになんの関係がある
 男は視線をさまよわせて、声もなく唇を薄く開閉させた。言葉に迷っているのかもしれない。
 しばらくそうしてから、彼は意を決したふうに顔を上げる。
氷室
氷室
こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないが……。その自殺は、ヒイラギさんに関係がある……かも、しれない……
 相手の台詞に、莉音は息を呑んだ。思わず、男に身を乗り出してしまう。
柚木莉音
柚木莉音
ど、どういうことですか……っ?
 彼は莉音を見返し、次いで窺うように他の三人にも視線をやった。夢菜が一歩前に出る。
星川夢菜
星川夢菜
……そのお話、詳しく聞かせていただけます? 内容次第では、不審者の汚名を返上してもよろしいですわ
氷室
氷室
それは、有難い
 男は微笑した。顎ひげや、どこか野性的な雰囲気が近寄りがたくあるものの、笑うと印象は和らぎ、莉音は我知らず彼への警戒心が薄らいでいる自分に気が付く。
柚木莉音
柚木莉音
あの、どうしてそんな……というか、あなたは――
 男が掌を莉音に向けて、言葉を遮った。彼は笑みを消し、真摯な表情で告げる。
氷室
氷室
俺は、氷室ひむろだ。十数年前まで、この学校で教師をしていた。そして……ヒイラギさんの祭りが始まったそもそものきっかけを――知っている

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