第9話

九話
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2019/07/30 06:09
 辺りはすっかり騒然としながらも、莉音は依然として動けないでいる。現場を見ていたはずなのに、なにが起きたのかわからないような気持ちだった。実感が追いついていないのかもしれない。

 そのとき、莉音は人混みの隙間から、墓所の側で見かけた夏服の少女を発見する。彼女こそが柊華香だという確信があった。
柚木莉音
柚木莉音
夢菜ちゃん、あれ……
 莉音に言われ、夢菜も少女に気が付く。
 彼女――柊華香は、無表情のまま人混みの奥に消えていった。ふたりは少女を追いかける。

 柊華香は、ふたりが彼女を見失うたびに、僅かに離れた位置に姿を現した。それを追って、莉音と夢菜は走り続ける。
 まるでどこかに誘い込まれているようだったが、それを自覚しても、足を止めることは出来なかった。
 周囲の景色が変わり、莉音は己がどこに誘導されているのかを、なんとなく察する。

 地を駆け、木々に寄り添われた道を抜け、ふたりがたどり着いたのは、柊華香が眠っている墓所だった。ほんの数十分前まで、四人で来るはずだった場所。こんな形で来る予定では、なかったところ。

 柊華香は、墓所の中央に佇んでいた。他に人影はない。
 莉音と夢菜は、ゆっくりと相手に近付く。
柚木莉音
柚木莉音
柊……華香、さん……?
 少女は応えない。ただ静かにそこに佇み、微風に黒髪を揺らしていた。夏の制服が異様に寒々しく見えたのは、彼女の肌が生気のない青白さだからかもしれない。
柚木莉音
柚木莉音
皆を自殺に追い込んだのは……あなたなんですか……?
 墓所を囲む樹木が風に揺れて、不穏な音を発した。それでも、柊華香は無反応を貫く。
柚木莉音
柚木莉音
……どうして? どうして、そんなこと……。たしかに、ヒイラギさんのお祭りは出来なかったけど、でもあれは、台風のせいで――
 そこで莉音はくちを噤んだ。柊華香の表情が、徐々に険しく変化していったからだ。
 突風が吹いて、彼女の長い黒髪が大きくうねる。まるで、もの言わぬ当人の代わりに怒りを表しているかのようだった。

 少女の鋭利な眼差しが、莉音を射抜く。
 りーん――と、寂しげな音が響いた。
 それは風鈴の音の幻聴か、はたまた近くに建つ寺から漏れる鈴の音か。莉音には判断がつかない。

 わかっていることは、今の自分が危険な状況にあるということだ。柊華香の――ヒイラギさんの機嫌を損ねれば、どうなるのか。それは痛いほどにわかっているつもりである。

 莉音の背を、冷や汗が流れた。死に対する恐怖が、膝を震わせる。
 そのとき、夢菜が一歩前に出た。
星川夢菜
星川夢菜
……寂しかったんですか?
 柊華香の眉が、ぴくりと動く。
星川夢菜
星川夢菜
あなたは、体が弱かったのだと聞きましたわ。そのせいで、満足に学校にも通えなかったと……
柚木莉音
柚木莉音
……夢菜……ちゃん?
 彼女の意図がわからず、莉音は相手の名を口にしたけれど、夢菜は莉音を横目で見て微笑むばかりだった。
星川夢菜
星川夢菜
私は最初、あなたが嫉妬から生徒を自殺に追いやっているのだと思っていました。自分が毎日通うこともままならなかった学校……そこで楽しく過ごしている生徒達……。
でも……本当に生徒達に嫉妬しているのなら、ヒイラギさんの祭りがあろうとなかろうと、生徒達の自殺が止まるはずはないんですのよね。だって、嫉妬と祭りは無関係なんですもの
 柊華香は、静かに話を聞いている。少なくとも、機嫌を損じている様子はなさそうだった。
星川夢菜
星川夢菜
あなたが生徒達を自殺に追いやっていたのは、生徒達を殺すためではなく……自分の世界へ――すでに亡くなっているあなたの側へ、生徒達を引き込みたかったから……。違いまして?
 少女の表情が揺らぐ。それは、夢菜の言葉が確実に相手に伝わっている証拠でもあった。
星川夢菜
星川夢菜
お友達が……欲しかったのでしょう? 年に一度の祭りには、全校生徒が参加します。すべての生徒があなたのために……ヒイラギさんのために動く。祭りをきちんとおこなった年にはなにも起こらなかったのは、あなたの寂しさがそれで満たされていたから。
けれど、今年は台風の影響でヒイラギさんをおこなうことが出来なかった……。だからあなたは寂しくなって、友達が欲しくなって、皆に自分がいる世界に来てほしくて……ああいったことをしたのではないですか……?
 柊華香は、真っ直ぐに夢菜を見つめる。莉音が驚いたのは、その表情の変化だった。
 莉音が話しかけたときとは異なり、その表情は和らぎ始めて、普通の女の子に近いそれへとなっていっている。
星川夢菜
星川夢菜
けれど、柊さん……いいえ、華香さん。その方法では、きっとお友達を作ることは難しいでしょう。難しかったからこそ、あなたは何人もの生徒を自殺に追い込んだのではないですか……?
 数歩、夢菜が前に出る。それから軽く両腕を広げた。
星川夢菜
星川夢菜
なら、私があなたの友達になりましょう
 この言葉に、莉音は大きな衝撃を受ける。目を見張り、それから夢菜の背中を凝視した。

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