第123話

122.
6,737
2022/06/23 13:53





それだけ言えば


私の返事も聞かないで慣れた手つきで


固定されている手足を解く



『ごめん、』



数週間ぶりに会って


初めてでた言葉はそれだった


彼を手放したあの日から


ずっと謝りたくて、


ごめんね、ってそれだけが言いたくて


今、この見なれた横顔に


消えそうな声が洩れた



樹「何、今さら」

『知ってる。今更なのも、許して貰えないのもっ、』



そんなことを言いかけた途中で


手足が軽くなる



樹「逃げて、」

『樹は、』

樹「ここにいる」

『なんでっ、逃がしたってバレたら、』

樹「今はお前が最優先。俺の事なんてどうでもいい」

『よくない』



そんな私を無視して


私のカバンを取り、押し付けてくる



樹「早く逃げて」



そう言って掴まれた腕を


勢いよく振りほどいた



『どうでもよくないんだって、』



それから驚いたような顔と目が合う



樹「嫌いって言ったのそっちじゃん、邪魔だって言ったのも、なのになんでそんなこと言うわけ?」



意味わかんねぇ、なんて言って


ぐしゃぐしゃに頭を搔く樹


もしも、今ここで、


あなたのことが誰よりも大切だからです


なんて言って説得力があるだろうか


きっとほんの微塵も無い


そんな私は黙ることしか出来なかった


そんなことをしていれば奥から声が聞こえる


我に返ったときには声はすぐそこだった


腕を捕まれ引っ張られる



樹「来て」



それだけ言えば


グイグイと私を引っ張っていく


そんな私たちの後ろで直ぐに大きな声が響く


バレたんだろう


建物の出入り口を塞がれたら終わりだ


そんなことを考えていれば


急に腕を引かれ


周りが少し暗くなる


そのすぐ後に横を鶯の連中が通っていく


目の前にある樹の体から


呼吸音と鼓動がびっくりするほど


大きな音で伝わってくる


そんな彼を横顔を見れば


あの頃を思い出すだけで


何も変わっていなかった









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