きちんと向き直り
彼と目を合わせる
『目、合わせて』
その言葉に対して
何も言わずに目を合わせる彼
『家、ないんでしょ』
そしてまた何も言わず
目だけをそらす
『ウチくる?』
自分でも驚いた
見ず知らずの男の人に
こんなことを言って
馬鹿なのはわかってる
でも自然とでてきた
「は、、?」
次はちゃんと目を合わせてくれた
ニコッと笑えば
まだ、驚きを隠せないような顔で
固まっている
彼の返事を待っていれば
後ろからプシュー、という音が聞こえた
『あ、バス、!!』
慌てて立ち上がり
荷物を肩にかける
『来るの?来ないの?』
私の問いかけに対し
「行く」と、小さな声だけど
確かに聞こえた
『ん』
ムクリと立ち上がる彼の手を引く
今にも出発してしまいそうなバスに
急いで駆け込む
2人分のお金をカードをかざして払う
ちょうど1番後ろの席が空いていた
彼の手を引きながら
後ろまで行く
彼を窓側にして
2人で並んで座った
チラッと彼の方を向けば
首のタトゥーを隠すように
手で覆っていた
そんな私の目線に気づいたのか
チラッと私を見てから
また目をそらす
そんなことをしていれば
私たちの前に座っていた人が
分かりやすく席を立ち
隣の彼を横目で見たあと
逃げるように席を変えた
やっぱりそうだよね
みんなそうやって避けていく
鶯だから
気づけば乗っている人が
チラチラ私たちのことを見ていた
でも、分からなくもない
私だって向こうの立場だったら
絶対にそうしていただろうから
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!