第93話

92.
6,254
2021/02/09 15:49





ゆっくりと重い扉を開けた


樹はもうねてるか、


そう思ったのもつかの間



「何してたの」



いつもは元気な「ただいま」が


今日は少し違う



『ごめん。ちょっと、』



適当に受け流しリビングに向かう



樹「おそい、何時だと思ってんの」

『だから、仕事だって』



掴まれた腕は少し痛いぐらいで


樹の顔は見れなかった


意味もわからず泣きそうになるのを抑え


樹の腕を振りほどいた



樹「あなたっ!!」



なんで今日に限って、


もうすぐこんな近くにいることも無くなるのに



樹「なにこれ」



こんなに近くにあるのに


目を合わせることは出来なかった



樹「答えて、どこ行ってたの」

『言わない』

樹「何された」

『言いたくない』

樹「あなた!!」



彼の目を見た時には


もう既に流れていた涙が視界を歪ませた



『ごめん、、、』



それだけ言って


彼の体に埋もれるように抱きついた


もういいや、


好きとか嫌いとか、


これからはいないんだから。


私の体をきちんと受け止め


何も言わずに頭を撫でてくれる


この温もりももう無くなるんだな



樹「あなた、」

『あとちょっとだけ、』



最後のわがままを言って


彼の胸の中に埋もれ続けた



樹「後でちゃんと聞く。先お風呂入ってきて」

『、うん』



もう一度だけ優しく頭を撫でて


リビングの中に入っていく樹


湯船の中、お風呂から出たらなんて言おう


自分がきちんと伝えられるほど強くないのは知ってる


鶯に会ったよ、明日から一緒に住めない、


そんなことを急に言ったら、


やっぱりできないや


樹にとっての最善を私なりに考えて


最後にしよう。


これからしたいことも行きたいところも


沢山あったのにな


お別れの時まで樹には何も言わないでおこう。


それが私の答えだった









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