第124話

123.
6,772
2021/03/21 16:15





2人の呼吸音と、鼓動


それだけがやけに大きく響く中


私は彼の横顔だけを見つめていた


何も変わらない


綺麗で、でもどこか消えてしまいそうで、



『樹。』



小さく呼んだその声に


こちらを向かないまま


なに、と低い声が返ってくる



『大好きだよ』



きっと今じゃない


ましてやこんな場所で言うことも


こんな言い方も


何もかも全て間違ってる


それでも


この体温がまた遠くへ行くことが


嫌で嫌で仕方なかった



樹「は、?」



やっと目が合ったかと思えば


そのまま固まる



樹「なに?からかってんの?」



そんな彼に小さく首を横に振る



『だからさ、一緒に行こ、一緒にここから逃げて、また一緒に住も、』



なんてこと言い出すんだろう


自分は


それでもぺらぺらと口は動く



『自分勝手だよね、わかってるんだけどさ』



1度深く息を吸ってからまた口を開く



『私が樹と一緒がいいの、』



結局それが全てだった


樹といたいから


そうじゃないとダメだってこと


忘れようとしたって無駄だってこと


樹がいないと


私が嫌だから


あなたがいないと嫌だ


臭すぎる言葉だけど


それに尽きた。


自分の不甲斐なさに笑えてきて


顔を隠すように下を向けば


涙が頬を伝って行った


なんで泣いてるかももはや分からない



『ごめんっ、ほん』



ほんとに、そう言いかけた私の口を


樹が手で押さえる


そしてまた


ガタイのいい人が数人横を通っていく


通り過ぎたのを確認してから


そっと口から手が離れる


かと思えば


それと同時に重なる唇


顎を掴まれたまま


されるがままにその場で固まった


そっと唇が離れる



樹「なにそれ」



口角を少しあげてそう言う樹



樹「やっばりあなたってわかんねぇ」



そういった後に


前と同じ。


私の大好きな彼の顔で笑う


にかっ、と


でもどこか少し照れくさそうに



樹「今はあなただけで逃げて、家に帰ったら北斗か誰か呼べ」



早口でそう言い切ったあと


物陰からでて行こうとする樹


そんな樹の腕を掴んだ



『待って、樹はっ、』



樹だけ逃げないなんて許さない


一緒に出て、一緒に帰る、


そう目で訴えかけた



樹「大丈夫、家で待ってて。すぐ行くから」



優しく笑いながら


私の頭を撫でてそう言う


あの頃と同じ大好きな声で


気づいた時には目の前に彼はいなくて


ただただ出口に向かって走った












プリ小説オーディオドラマ