ふと見せる彼の悲しそうな顔、
子供のような目で訴えるように、
今にも消えていきそうな顔をする時がある
壁に背中がくっついたまま
目の前より少し上にある彼の顔は
それだった。
「何も知らないよ、知らないけど」
全部を知りたいとは思はない。
全部を教えてとも言わない。
「一番樹のことを知ってたいの」
ただ、
たくさんの彼の姿を知っていたかった
誰よりも、
こんなにそばにいるなら、
いるから、
1番知ってると思ってた。
でも勘違いなのかもしれない。
「ダメかな、?」
返事は無いまま、
パッと体が離れる
それから大きなため息を吐く
「だから」
ちゃんと聞かせて、なんて
私が言う前にそのまま
目を1度も合わせずに、
出ていった。
玄関が閉まる音がして、
急に静かになる。
私は後を追わなかった。
1人残された私は、彼の出ていった方をじっと眺める
私も大きなため息が出た
何してんだろ。
馬鹿みたい。
髪の毛をぐしゃぐしゃと乱してから
またため息が出る。
樹は樹だ。
彼が嫌がるラインまで踏み込むのは間違ってた。
後悔しながら、さっきまで樹が座っていた場所で
うずくまる。
帰ってきたら謝ろう。
それから、口元の痣には触れずにいよう。
特別だと思ってた自分が馬鹿だった
ただ、少し近いだけ。
私と同じぐらいの人なんてきっと
樹の周りには普通にいる
3度目のため息。
外では雨の降る音がし始める
そんな音は少しずつ強くなっていく
樹、傘なんて持って行ってなかったな、
はっきりとしたようで、
複雑に絡まったままの頭の中を
少し冷やそうと思った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。