第96話

95.
6,197
2021/02/13 15:41





玄関を開けるのと共に


聞こえてくる足音



樹「おかえり!!」



いつも通りの光景に


一気に幸せが溢れてくる


ずっとこれが続けばいいのに


この先も、これからずっと


こんな簡単なことなのに


ダメなんだよね、



『ただいま。』



ニコッと笑ったあと


ひょい、と私の手から鞄を奪い


リビングに入っていく樹


その背中を見て思うことは山ほどあった


でも全て飲み込んだ


彼の為に。


樹のためだって言い聞かせて、


それから手早く夕飯を作る



樹「あ、!あなた今日俺の事置いてったでしょ」



「起こせよ!」なんて言ってわかりやすく拗ねる樹に


つい頬が緩みそうになる



樹「朝起きたら隣にあなたいないんだもん。声ぐらいかけてってよ」



樹はいつも通りなのに


私だけだ。


距離を置こうとしてるのは


当たり前だけどそのズレが


2人にとって大きな裂け目になる気がしてならない



樹「あなた?聞いてる?」

『うん。聞いてるよ』

樹「元気ない」

『そうかな、』



曖昧な返しをして


樹から目を逸らした


でも彼は見逃してくれない


さっきまでの笑顔が嘘みたいに怖い顔をする



樹「また会ったとか?」

『違う!それは!』

樹「じゃあなんで」



私の隣に来ると覗き込むように


私の顔を見る



樹「あなた、?」



黙り込む私に優しすぎる声で話しかける


名前を呼んで貰えるのも


あとどれぐらいだろう


声が聞けるのも


目の前に樹がいることも


いつが最後になってもおかしくない気がして


胸がはち切れそうなぐらい痛かった



『あのね、樹、』



流さないようにしてた涙も


制御出来なくなったかのように


ポロポロとこぼれてく


全部言いたかった。


全部全部吐き出して


大丈夫だよ、ずっといるから、


って言って欲しかった


そうすればいいだけなのに



『大きい仕事入っちゃってさ、これから朝も夜も仕事しないといけなくて、』



私は素直じゃなかった


結局鶯に歯向かう力も


自分の力でどうにかすることも


何も出来ない。



樹「え、?それだけ?」



小さく頷く私を


笑いながら抱きしめてくれた



樹「それで泣いてんの?」

『、うん』

樹「バカじゃねぇの、泣くなよ、んなことで」



ケラケラと笑いながら


トントン、と背中を叩いてくれる樹



樹「俺、我慢できるよ」



そんな樹のセリフに


返す言葉なんてなかった



樹「毎日待ってるわ、ここで」



頑張れよ、なんて言葉と一緒に


感じる樹の体温が


いつか離れる時が来ることが


たまらなく怖かった


























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