第82話

81.
6,602
2021/01/24 16:16


帰りのバスを降りたあと


意味もなく近くの自販機に寄った


「あったかい」と書いてあるボタンを押す


ピッ、という無機質な音はやけに響き


次は大きな音を出してペットボトルが落ちてくる


手に触れるそのちょうどいい温かさは


かじかんだ私の手をゆっくりと溶かした


隣の古いベンチに腰を下ろし


ふう、と一息つく


口から出ていく息はまだ白んでいる


今年の冬は長くなりそうだな、


樹を助けたのも今年の冬


こんなにも時間が経っているようで


目の前の時計はそれほど進んでいない


不思議な感覚だ


街頭に照らされる私の影に


ひとつ、人影が重なる



『わ、樹か』



驚いて顔を上げた先にいたのは樹だった



樹「なにしてんの」

『ちょっとね、考え事』



ツンとした冷たい風が吹く度に


身体を震わせる樹



『なんでそんな薄着なの。風邪ひくよ』

樹「大丈夫」

『大丈夫じゃないって』



コートを脱ぎ、樹にかける


その瞬間


急に彼の体に抱き寄せられる



『樹、?どーした?』

樹「こっちのセリフ」



そんな樹の言葉に顔を上げた



樹「なんかあった?」

『なんにも』

樹「わかんないと思う?」

『だからなんにもないよ』



自分の予想以上にうるさい心臓を


樹から遠ざけるように体を離す



樹「あなたっ、!」



こうゆう時にこれは反則だと思う



樹「俺に甘えてくれたっていいじゃん」



私の腕を掴んでいた手が


私の顔に触れる


いつかと同じように


そっと唇が重なった


なんで涙が出るんだろう


恋で泣くなんて、


弱くなったなぁ。


このままがいいや。


このままでいいや。


欲は出さない。


もっと深いところまで行けば


崩れていくのは痛いほど予想がつく


私は樹のことが好きじゃない。


そう自分に言い聞かせた


彼はあくまで助けた人。


それから少し一緒に住んでるだけの人


それだけなんだ。

















プリ小説オーディオドラマ