第50話

XXの実力 ⅩⅥ
145
2020/07/28 13:47
────初めは、ちょっとした既視感だった。

このゲームの予選。遠くから見た彼の姿が、どこかで見たような気がしたのだ。それも、何度も何度も目の前で見てきたような、そんな感覚。

違和感はあった。
たくさんの、違和感。
誰でも直ぐには人を嫌わない俺が、こいつが気に入らないと直ぐに悟ったという事実からも違和感を覚えたし、何より本能がこいつは駄目だと告げていたことにも違和感がある。


そして、その違和感の正体はすぐに分かった。
いや、分からないわけがなかった。


姿を見なくなってから何年か経っているけど、面影は残っている。
雰囲気も数年前のあいつそのもの。
何より、後から告げられたあいつの名前。


───────音羽捺祢。


空手の全国大会の決勝で、何度も戦った相手。
そして、一度も勝てなかった相手。
天才と呼ばれた、俺のライバル。

強くて、冷静で、隙がなくて。非の打ち所のない奴だった。
だから少しは尊敬もしたし、憧れたし、だから、良いライバルだと思っていなくもなかった。


………けど、音羽あいつは逃げた。

ある時から、大会に出場しなくなった。
俺はあいつが来る前に逆戻り。また、優勝し続けた。

でももう、優勝は嬉しくなくなった。

あいつが出なくなった一度目の大会。
俺が優勝した時、母は言った。

「音羽君、大会出場してなくて良かったね。」

優勝オメデトウよりも先に、嬉しそうに笑って言った。
それから、毎度のように誰かの口から零れる。

「音羽君いないからねぇ、優勝は碑賀君で決まりよね。」

「やった、Bブロックに音羽いないって!これ優勝できんじゃね?碑賀って音羽よりか弱いし。」

「今回も音羽君出ないんですか!?あぁ、勿体ない。碑賀君も良いけど、やはり彼がいないと……」


───────嗚呼、うるさい。


知っている。そんなこと、知っているさ。
俺は音羽より弱い。
だから頑張って頑張って、音羽をいつか越してやろうとしたんじゃないか。
けれど、越す前に逃げられたから俺が弱いまま。

勝ち逃げだ。
音羽は、俺のこと……いや、空手のことなんてどうでもよかった。
だから、ライバルだとか馬鹿なことを思っていた俺は、今こうして誰に向けられたのかも分からない憎しみを抱いている。

そして、その憎しみは理不尽に音羽へと向けられた。

龍は何も言わない。
俺の前で“音羽捺祢”を口にするのはタブーとなっていた。それこそ、暗黙の了解であった。
でも、時々その名を口にする。
まるで、俺に「忘れるな」と背中を叩いて押すように。

ただ、龍だけが、全ての目線を俺に捧げていた。
音羽おとは 捺祢なつね
俺を見る碑賀の眼は、いつもと違って憎しみを感じる。
碑賀ひが あずま
そうか。そうだな、俺はお前を恨んでる。憎いと思ってる。
静な戦いの中、音羽がポツリと告げる。

試合開始直後、酒葉に連絡を入れて音羽を探しに走り、今は花園エリア。
望み通りに音羽は現れ、俺はこの憎しみを音羽にぶつける。
音羽おとは 捺祢なつね
でも、この有様じゃその憎しみを晴らすことは無理そうだけど。
しかし俺は、音羽の言うとおり満身創痍。
能力を使ってでもこの有様。

けれど、どうしても熱が抜けない。
早く、早く、音羽こいつを倒したい。
早く、早く、俺が一番になる。
音羽おとは 捺祢なつね
息は荒いし、攻撃は単調。お前、いつもより冷静さ欠けてる。いつも通りにやったら俺に勝てるかもしれないけど、もうお前は駄目だな。
音羽の言葉を冷静さを欠いた頭で消化しながら、次々と攻撃を繰り出す。
しかし当然、それは簡単にかわされる。
音羽おとは 捺祢なつね
もういい。お前とやってると際限がない。
横腹に、拳が飛んできた。
俺はそれをまともに受けて、地面に倒れる。
碑賀ひが あずま
……
顔を上げた頃には既に遅く、額には銃口を向けられていた。

所謂いわゆる、絶体絶命。


──────やばい。

そう頭が告げるも、体は重く反応せず。
音羽はそのまま引き金を引いた。



一発の銃声が響く。

けれど少しして、俺は打たれていないことに気が付いた。
碑賀ひが あずま
………は、
目の前にある、一つの影。
俺を庇うように立つその影は、次第に地面へと吸い込まれていく。
音羽おとは 捺祢なつね
チッ……
音羽は大きな舌打ちをして、その場を立ち去った。
どうせ俺には何もできないと、そう判断したのだろう。
さっきまでの俺ならば、それでも音羽に食い付いただろう。

けれどもう、熱は冷めた。

それどころか、目の前に倒れる女の子に血の気が引く。
碑賀ひが あずま
どう、して……
酒葉さかば みのり
はは、ちょっと死にそうだったので……
つい飛び出しちゃいました、と力無く笑う酒葉。
酒葉さかば みのり
連絡付かないし、どうしたのかと思いましたよ。まったく、後輩を困らせる先輩はよくないと思います。瑞樹先輩を見習ってください。
いつもなら、もっと元気よく言ったはずの言葉。
静かに、少し笑って、俺の眼を見て、呟くように。けれどいつも通りを装って。
碑賀ひが あずま
……ごめん。
俺がそう言うと酒葉は、はい。実ちゃんは優しいので許します。と俺の手の上に、少しずつ冷たくなる手を乗せた。
碑賀ひが あずま
……あと、ありがとう。
すると酒葉は閉じかけていた目を、驚いたように少し開いて、それからゆっくり目を閉じた。
酒葉さかば みのり
……はい。先輩からのありがとう、頂きました。
俺の手に重なる酒葉の手は、既に冷たい。
急所を撃たれて、ここまで話したなんて。随分と無理したものだ。
死ぬのが嫌だとか、まだ生きたいだとか、喚いても良かったのに。喚いても良い、年頃の女の子だったのに。

熱は、とっくに冷めた。
冷ましてくれた、の方が正しいか。

本当、馬鹿。馬鹿みたいじゃなくて、本物の馬鹿だ。
何してるんだよ、俺。
碑賀ひが あずま
……後輩死なせてごめんって、瑞樹に謝んなきゃなぁ。
怒られるかな、とか思ったけれど、優しい瑞樹は怒んないんだろうな、とも思った。お前の所為じゃないよ。だから謝んないで。瑞樹は、多分そう言う。

俺は、ごめん、と言葉を零して空を仰いだのだった。

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