呉さんは元気に席を立って、フィールドへと向かう。
相手側はあの辻君と同じ学校らしいが、国木田先輩の時の様な声援はなかった。
捺祢は溜息を吐きながら頭を掻く。
試合開始の合図と共に、競技場全体に風が吹くような感覚がした。
呉さんの相手から風が流れていくような、そんな感覚。
千早は何故か痛みを感じたらしく、頬を押さえていた。
あれは‥‥‥切り傷、だろうか。
鎌で斬られたような切り傷。
何で頬なんかに‥‥‥
俺がそう言って千早の頬に手を伸ばすと、千早は俺の手を払った。
‥‥‥少しじんじんする。
俺はそう言って、一霖に声を掛ける。
一霖はにししと笑って絆創膏を差し出してくれた。
隣から「一霖の女子力パネェ‥‥」なんて慎の声が聞こえたが、それは無視しておこう。
俺は千早に絆創膏を渡して──正確には押し付けて──笑った。
と言いつつ絆創膏を素直に貼ってくれている千早を少し横目で見た後に、フィールドへと視線を戻した。
そこには、逃げ回る呉さんがいた。
相手は最初の位置から全く動く様子はなく、呉さんの方に手を向けている。
一見、何も起こっていなさそうに見えるこの試合。
けれど呉さんの顔や足、手‥‥‥と肌が出ている所には千早と同じような切り傷が徐々に増え始めていた。
四月一日君は呉さんの相手を射殺すような目で見つめる。
‥‥‥そうだった、四月一日君は呉さんに懐いてたんだっけ。
だから千早にも鎌で斬ったような切り傷が‥‥‥
突然、呉さんが逆上して相手に突っ込んで行く。
苛ついて「もう何にでもなれ!」みたいになる時がある。
今まさに、呉さんがそんな感じだっ‥‥‥‥は?
驚くことに、呉さんは一瞬にして相手との間合いを詰めてしまった。
呉さんは変な決め台詞を残し、相手の鳩尾へグーパンチをキメた。
相手はバタリと地面に倒れる。
その一瞬のことに、競技場はしんと静まり返る。
‥‥‥ユリがポップコーンを咀嚼する音だけは聞こえるが。
‥‥‥そして、第四試合は呉さんの圧勝?に終わったのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。