体育館の熱気は、もう限界を超えていた。
音駒の粘り強い守備と、梟谷の圧倒的な攻撃。
その中心で、黒尾くんと秋くんが互いの意地をぶつけ合っている。
私の視線は、ずっと秋くんを追っていた。
コートの向こう側で、誰よりも輝いて戦う秋くん。
どんなに激しいラリーの中でも、本当に強くて、かっこいい。その勇姿を一生懸命応援しながら、私は胸を弾ませていた。
でも、試合終盤にさしかかる頃、ふと音駒のコートの黒尾くんへ視線がいく。
彼はいつも通りの黒尾くんだったけれど、どこか一つ、歯車が噛み合っていないような違和感があった。主将として完璧に振る舞おうとするあまり、少しだけその表情が固く見えていたのかもしれない。
(……大丈夫かな)
私は彼を心配して、というよりは、何か落ち着かない気持ちでその背中を見守っていた。
そう思っていた、その時だった。
「ッシャアアア!!」
執念でボールに食らいつく黒尾くんの、獣のような叫び声が響いた。
思わずスコアブックを握る手に力が入り、ペン先が震える。
(……えっ?)
私は自分の目を疑った。
さっきまで感じていた、あの微妙な違和感が、嘘のように消えていたからだ。
今の黒尾くんは、研ぎ澄まされた表情で、ただひたすらに秋くんという好敵手を食らおうとする、純粋な闘争心そのものだった。
自分の中の澱をすべて吐き出すように、秋くんと正面からぶつかり合うその背中は、驚くほど堂々としている。
(吹っ切れた……んだ)
心臓がドキリと大きく跳ねる。
驚きで息を呑んだけど、それ以上に、じわりと胸の奥が温かくなった。
あれほど何かを抱えていそうだった黒尾くんが、今は誰よりも楽しそうに、バレーのコートを謳歌している。
彼自身が何かを見つけ出したんだと、その背中が物語っていた。
そして運命のラリー。
秋くんが右サイドから跳び、それを黒尾くんが阻む。空中
で二人の視線がぶつかった瞬間、黒尾くんの顔に浮かんだのは苦渋ではなく、少年のように歪んだ心底楽しそうな笑みだった。
ドォォォォン!!
床にボールが叩きつけられ、審判のホイッスルが響く。試合終了だ。
着地した秋くんは、達成感に満ちた最高の笑顔をこちらに向けた。
(秋くん、勝った……!)
私は秋くんのその眩しい笑顔に胸をときめかせながら、視界の端で黒尾くんの様子を確かめた。
膝に手をついて荒い息をついているけれど、顔を上げたその表情は、もう無理をしていた頃の彼ではなかった。
すべてを出し切った、清々しいほどの「黒尾鉄朗」がそこにいた。
二人がネット越しに握手を交わす。
互いの力を認め合った、真っ直ぐで輝くような握手。
(……かっこいいな)
秋くんの勝利は本当に嬉しい。でも、同じくらい、吹っ切れた黒尾くんの姿も眩しかった。
バレーに夢中になって、自分自身の壁を突き破った二人の姿。
その両方を見届けることができて、私は心から「最高の試合だった」と思えた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!