試合が終わっても、体育館の熱は私の中にずっと残っていた。
秋くんの勝利の余韻に浸りながら、夕食の準備を手伝うために食堂へ向かう。
けれど、不思議なことがあった。
練習が終わってから、秋くんがずっと私のそばから離れないのだ。
食堂へ歩くときも、配膳の準備をしているときも、彼はまるで私の影のように、常に私の視界の中にいた。
「……秋くん?」
準備の合間も秋くんが私の背中越しに腕を回してくるような距離にいることに気づき、私は困惑して振り返った。
「……何かあった? もしかして、どこか怪我したとか」
私が心配そうに顔を覗き込むと、秋くんは「別に、何も」と短く返して、また私の肩に顎をちょこんと乗せた。
その表情に暗い影はない。むしろ、普段の彼からは想像できないほど、全身から溢れ出るような幸福感に包まれている。
(な、なに……?)
彼が放つその穏やかで甘い空気感に、私はどう対処していいか分からず、ただただ戸惑うばかりだった。
さっきまでコートでバチバチに火花を散らしてい人と同一人物とは、到底思えない。
「……あの、秋くん。みんな見てるし、少し離れない?」
私がモジモジと抗議しても、彼はふにゃりと笑って、むしろ寄り添う力を少しだけ強めた。
……一体、どうしたんだろう。
ようやく席に着いたかと思えば、彼は私の隣にぴったりとくっついて離れない。
「おーっと、こりゃお熱いねぇ」
不意に背後から、聞き慣れた低くて少し鼻にかかった声が聞こえた。
振り返ると、そこにはジャージを脱ぎ捨てて、汗を拭きながらこちらに歩み寄ってくる黒尾くんの姿があった。
「あ、黒尾くん! お疲れ様」
「お疲れさん。……ここ、座っていい?」
黒尾くんは私の向かいの席を指さすと、返事を待たずにひょいと腰を下ろした。もちろん、そのまま一緒に夕食を摂るつもりなのだ。
「え、あ、うん……」
私が反射的に頷くと、隣の秋くんが露骨に眉をひそめ、不機嫌を隠そうともしない。
「……なんだよ、黒尾。飯くらい一人で食えよ」
秋くんの声音には、先ほどまでの甘さは消え、明らかに不機嫌な色が混ざっている。しかし、黒尾くんは秋くんの威嚇などどこ吹く風で、箸を手に取ると余裕たっぷりに笑った。
「んー? あなたちゃんともっと仲良くなりたいからね。……木葉に負けないくらい、仲良くなっちゃおうかなと思って」
黒尾くんは、秋くんの反応を面白がるように、悪戯っぽくニヤリと笑った。
「……お前、ふざけんなよ!……ッ」
秋くんが立ち上がらんばかりの勢いで黒尾くんを睨みつける。その必死な様子に、黒尾くんは肩をすくめて、平然とした顔で私の方を向いた。
「じょーだん……って言いたいところだけど、半分は本気かな」
黒尾くんはわざとらしく私にウィンクしてみせると、ふっと穏やかで、しかし確信犯的な笑みを浮かべる。
「あなたちゃん、木葉のやつ、少し子供っぽいところあるでしょ? だから、何か困ったことがあったらさ、俺に言ってよ。いつでも相談乗るからね〜」
黒尾くんは私の返事などお構いなしに、自分の食事を始めながら、また私に話題を振る。
隣の秋くんは、そんな黒尾くんの態度に腹を立てながらも、私の服の裾をぎゅっと掴んで離さない。
「……別に、相談なんか乗らなくていいだろ。あなたの悩みなら、俺が全部聞くんだから」
秋くんは私の顔を覗き込み、少しだけ拗ねたような、でも愛おしそうな瞳でそう言った。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。