「……っ」
コートの端で、俺は無意識に視線を奪われていた。
音駒のベンチで、リエーフたちの騒がしい声に応えながら甲斐甲斐しく立ち働くあなたちゃん。
(……あなたちゃん……あんな顔、するんだな)
木葉と視線が合うたびに、花が綻ぶように笑う彼女。
その笑顔は、俺が知っている「顔を真っ赤にして俯く彼女」でも、「おどおどしながら俺を見上げる彼女」でもなかった。
一人の男を、心から信頼して、愛おしそうに見つめる……そんな「女」の顔だった。
正直に言って、俺は気づいていた。
彼女が俺に好意を持ってくれていることに。
最初は単に人見知りなんだと思ってた。
けど、2年になる頃には確信に変わった。俺と喋る時だけ、彼女は明らかに目が合わなくなるし、耳の先まで真っ赤にする。
それが——たまらなく可愛いな、と思ってた。
「黒尾くん……!」なんて呼びかけてくる震える声に、どこか甘えていたんだ。
ずっと、俺のことを好きでいてくれるのかもしれない、なんて。
そんな傲慢な考えが、心のどこかにあった。
(……今さらだよな。ホント、今さらだわ)
俺と比べて、木葉はどれだけ彼女に尽くしてきたんだろう。
俺が彼女の好意を余裕たっぷりに受け流していた間、あいつはどれだけ必死に彼女を想い、どれだけ多くの時間をかけて彼女を幸せにしてきたのか、想像もつかない。
俺なんかよりもずっと、あいつの方があなたちゃんを大切にしてきたんだ。
あいつがあの笑顔を手に入れる権利があるなんて、考えなくてもわかることなのに。
(……なんで、今さら後悔なんかしてんだよ、俺)
木葉の隣で幸せそうに笑う彼女を見て、胸の奥が焼けるように痛い。
自分が手放した……いや、手に入れようともせず胡坐をかいていた宝物が、他人の手の中で一番綺麗に輝いている。
(ずるい奴だよな、俺……)
自分の身勝手さに、吐き気がする。
彼女の気持ちが自分にないことを突きつけられて、ようやくその価値に気づくなんて。
「……クロ、顔怖いよ」
研磨の冷ややかな声で、ようやく我に返った。
隣に立つ幼馴染は、俺の醜い後悔なんて全部お見通しだというように、一度だけ俺の肩を叩いた。
「……もう、終わり。……試合、集中しなよ」
「……分かってるよ」
俺はわざとらしく乱暴に髪を掻き回した。
後悔しても、時間は巻き戻せない。
彼女が選んだのは、俺じゃない。
せめて、この試合だけは——。
あいつに、そして彼女に、俺の最高にかっこ悪い「意地」を見せつけてやるしかない。
「よし! 行くぞお前ら!!」
声を張り上げる。
その声が、自分への戒めのように体育館に響いた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!