友達のまりが大きな声を出してびっくりした
と照れ笑いをすると、
何かを察したまりは
って耳打ちをしてきた
耳まで真っ赤になるのが自分でもわかって、
まりは、誰にも言わないって!
と私の背中をバシッと叩いた。
そう、私は昨晩、
姉が髪を染めていた染料を少しだけもらって、
胸元まで伸びた髪の毛先に塗ってもらった。
すぐ切るもん。
二宮先生に捕まったら切るもん。
毛先を染めただけで、
周りの生徒がすれ違うたびに振り向く。
それくらいの厳しい学校の廊下で、
後ろからあの甘ったるい声で
って呼び止められる。
振り向くと、
予想通りの声の主がそこに立っていて
とだけ無愛想に放って、
革靴の音を立てながら近づくと、
どこかで聞いたことのある
が、少し上から降りかかる。
放課後になると、まりはニヤニヤしながら
楽しんでこいよ!
ってまた背中を叩いて
部活に行ってしまい、
私はさっさと荷物をまとめて
化学準備室に向かった。
鈍い音を立てたノック音のあとには、
1ミリも物音は聞こえなくて、
それを2度繰り返したあと、
静かにドアを開けた。
部屋には誰もいなくて、
1日ほったらかしただけなのに、
床にはノートが数冊落ちていた。
まったく……
なんて内心思いながらも、
またこの部屋の匂いを
嗅ぐことができていることが
嬉しくて、ふふっと笑う。
いつのまにか化学準備室の入り口に
二宮先生は立っていて、
呆れたような顔をする
ソファに座った私に首だけ向けると、
呆れた顔をしてだるそうに聞く。
こんな顔させて…
髪の毛染めなければよかった。
なんて後悔したのもつかの
って、二宮先生がゆっくり1歩ずつ
こちらへ歩み寄ってくる。
その目はボサボサの髪の毛と
冴えない眼鏡でよく見えないけど、
口元が一瞬ニヤリと笑う。
不覚にもドキッという
自分の鼓動が響いた。
ソファに迫る二宮先生は、
白衣のポケットから
切れ味の良さそうなシルバーのハサミを
取り出す。
そのいたずらっ子のような
楽しそうな口元から、
はっきりは見えない目までも想像できて、
ぎゅっと目を瞑る。
先生の手が私の髪に触れると、
優しく束ねて、先生はソファの後ろに回る。
シャキッという、軽いハサミの音が聴こえて、
先生の足元に舞う
明るいブラウンの髪の毛。
その後も何度か
ハサミが髪を通る音が聞こえ、
綺麗に染めたところだけ
切られていた。
——— 勝手に切られたんじゃない。
二宮先生は
私の髪を後ろで持って束ねると、
耳元で
なんて、あの甘ったるい声で囁くから。
きっと私の耳は
二宮先生にもバレるくらい真っ赤で、
ドキドキが止まらなくて、
頷いてからの記憶は
ほとんどなかった。
一瞬だけの校則違反は
わずか1日で終わって、
切られて散らばった髪の毛を、
結局私が掃除することになる。
と文句を言って
ゲームを始めた二宮先生にさえも
優しさを感じてしまうなんて、
完全に好きが溢れてる。
増やしやがってとかいうけど、
掃除するの私だし!でも許してしまう。
恐る恐るその丸い背中に話しかけると、
案の定、返事はなくて、
ゲームをしているときに話しかけて良かった、
じゃないと傷つくところだった。
と思いながらちりとりで髪の毛を集める。
もう
こんなこと聞くのはやめよう。
ソファの背もたれについた髪の毛も、
ホウキで丁寧に取り除いていると、二宮先生の
「っしゃ」
という声がまた聴こえて嬉しくなる。
二宮先生は珍しくゲームをする手を止め、
大きなため息をついてから
こちらを向く。
と机の足元に置かれた箱を
トントンと革靴のつま先で蹴って見せた。
は?もういつの質問?それ。
いいことなんていうから、
てっきり、彼女いないよって、
言われるのかと勝手に思ってた
自分が本当に恥ずかしい。
先生相手に真面目に考えた私がバカだった。
ってホウキをブンブン振り回してたら
とホウキの先をあっさり左手で掴まれてしまう。
でも今は
彼女がどうのこうのじゃなくて、
私の高校生活に二宮先生がいて、
今こうして2人の時間が流れている。
それだけが十分に幸せだった。
また明日は、なにをしようか。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。