夏休みが始まってすぐは、
まりとプールに行ったり、
いつもより遅くまでテレビを見たり、
クラスの子たちと
近所の図書館で宿題をしたりした。
5日目の今日から夏期講習が始まる。
朝一番の8:30からの枠に入れられた、
「化学」の文字。
それ以外の講習を取っていないから、
私はそれ一コマで終わり。
プリントで指定されている教室にいるけど、
もうすぐ開始時間だっていうのに
二宮先生は来ない。
ぼーっと校庭の野球部の練習を眺めながら、
夏の風を感じていると、
革靴の擦れるように歩く足音が
聞こえる。
二宮先生だ。
ドキ、として姿勢を正すと
後ろのドアがガラッとあいて
私だけだから化学準備室…。
私だけ特別
と言われた気分になって、
一瞬舞い上がるけど、
私じゃなくても1人だからってことか、、
と途端に落ち込む。
と返事をすると、鞄を持って窓を閉める。
二宮先生がパチリと電気を消してくれて、
その翻した白衣の後ろ姿について歩く。
夏休みで人の全然いない廊下を通って、
化学準備室に入る。
ノックなしで、
二宮先生と一緒に入るのは
初めてだった。
入ると5日も来ていなかったのに、
部屋は夏休み前最後に片付けた時と
ほとんど変わっていなくて、
あれ、綺麗だ、という顔をしていたのか、
私を見ると鼻で笑って、
二宮先生なんて優しいの!!
ってぺこーーって頭を下げたら
と笑うと
テスト前に使っていた机をまた用意して、
テキストをコピーしたプリントを置く。
嘘でもなんでもいい。
今……
今………二宮先生……
声だして笑った………
私が笑わせることができた………?
少しは心開いてくれた……?
普通の生徒とは少しだけ
違うふうに見てくれてる……?
もう講習が始まる前から
こんなに嬉しいことがあるなんて、と
涙をぐっとこらえる。
座んなさいと顎で席を指すと、
ガタと音を立てて私が座る
また先生と生徒であることを
強く突きつけられる時間。
それでも今日一つ
また前に進めた気がしてる。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。