2日目も昼休みには、
焼きそばパンとコーヒー牛乳を買って
化学準備室に行き、
放課後になると、
スカートを一回だけ折って同じ場所へ向かった。
化学準備室にはいると、
二宮先生はまたゲームをしていなくて、
昨日と同じ場所にセットされた机に
例のファイルが置かれていた。
なんて
どこかの普通の先生のような表情で
問題を作り始める。
いや、先生なんだけど(笑)
二宮先生が問題を作っている間は、
私は暇でいろいろと話しかけてみる。
返事はしないくせに ちゃんと聞いているのは、
最初のゲームの質問の時から変わらない。
いつか、忘れた頃に
答えが返ってくるのかな?
そんな頃まで
二宮先生のそばに居られるのかな…。
手書きのプリントをスッと私の前に出すと、
煙草を吸いに行くこともなく
ゲームをすることもなく、
目の前の事務椅子で
自身の爪を弄る。
あ、これ昨日やった問題の応用だ…
でもどうやるんだっけ?
あ、こうだっけ?
とか頭の中ぐるぐるしてて、
ふと気がつくと、
口を二の腕で覆って
笑いをこらえる二宮先生が視界に入って来た。
ふふふっと笑いながら二宮先生は席を立ち、
煙草を吸うためにベランダに出てしまった。
爪を弄っていたはずの二宮先生が
いつから私の手元を見ていたのか
気づかなかった。
始めの頃は、無愛想な先生だなって
思ってたけど、
今は違う。
でもきっと、
こんなふうに話すことがなければ、
二宮先生は今もずっと
無愛想な先生
という印象のままで、
私は風紀委員として校則を破らないように、
静かに生活していたのかと思うと、
二宮先生とこうしていられるだけで、
私の高校生活に一筋の光が差して、
そこから芽が出て1輪の花が咲いたようで。
二宮先生の優しく甘ったるい声も、
潤む色の薄い目も、
小銭を握らせるクリームパンみたいな手も、
癖でよく触るホクロのある顎も、
煙草を吸うとき、
ゲームをするとき
いつも丸まっているのに何処か安心感のある、
飛びつきたくなる
男の人を感じさせる背中も。
この部屋に来てから知ることができた。
今日が最後になるかもしれない。
いつもそう思ってる。
すきです。
たったその一言が言えなくて、
決して口にしてはいけなくて、
だけど今は2人きりの時間が流れてる。
下校のチャイムがなって、
わたしが席を立つと、二宮先生も席を立つ。
さりげなくこうして、
毎日来ようなんて考えていた
グッと二宮先生の一歩が
わたしとの距離を縮め、
息をするのを忘れる
薄めのニットのカーディガン越しに、
腰骨のあたりに手を当てられる。
そのままカーディガンを捲し上げて、
わたしのスカートの折り目を露わにする。
呆れたような笑みを見せたあと、お決まりの
が、降ってくる
2人の空間に割って入ったのは、
養護教諭の松本先生で
松本先生は二宮先生と違って
黒いスニーカーを履いていて、
足音がコツコツと響かない
無愛想になった二宮先生は
わたしの腰から手を離し、
一瞬にして縮まった距離も離れる
あ…
ニノと呼んでから付け足した名前と、
二宮先生のタメ口と、
最後の一言が
二宮先生と松本先生が
本当は友人のような近い距離であることを
教えてくれているようで、
笑みがこぼれる。
二宮先生はボサボサの頭を
手でくしゃくしゃっとして、
背中を向ける。
その日が今年の梅雨の最後の日だった
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。