学校が始まって数日で、
午前授業から通常授業に切り替わり、お昼休みが始まる。
「小田っち、また行くの?」
まりに3時間目の前に言われて、
どうしようか悩んでいた。
とりあえず、何も買わずに、
化学準備室に行ってみる?
でも、
もし違う子に買ってきてもらってたら?
恋をすると、強くなれる。
でも本当はこんなにも弱い。
些細なことが気になって、
ただの想像で勝手に傷つく。
迷って迷った挙句、
手ぶらでその扉をノックしていた。
それが開くと、
チャリ、と小銭の音がする白衣を着た二宮先生。
「あれ、ないんだ」
何も買ってきていない私を見て、
やっぱり買ってくるんだった!と思いながらも、
「嘘、いま買いに行こうとしてたとこ。買ってきてくれんならまたお願いするわ」
と、ぴったりの小銭を握らされる。
本当かよ、
と思いながらも購買へ急いで向かう。
"いつもの"を手にすると、
思い出される花火大会の日。
パンがあったほうが美味しい、
なんて話したあの日。
"いつもの"それを2セット持って化学準備室に戻る。
当たり前のようにそこでお昼を食べる。
部屋の中は夏休みの宿題の確認と、
この前の確認テストの採点で散らかっていたけど、どれが確認したやつかわからなくなるといけないから、
と思い、今日は片付けるのをやめた。
「また放課後、片付けして勉強しようと思ってんの?」
焼きそばパンの袋を開けながら、
二宮先生はこちらを見る。
「ご迷惑じゃなければ…」
コーヒー牛乳のストローを口から離すと、
んー、と困った顔をして、
「この宿題とテスト、片付いたらにして」
今日はダメだけど、
すぐには無理だけど、
来ていいってことですよね?
その嬉しさを胸に抱え、
教室でまりに話す。
「ひゃ〜〜よかったじゃん!行っちゃいなよ!」
というまりは、そうだ!と
カバンをガサガサ漁る。
「これ、あげるよ。倒れた時のお礼!二宮のとこ行くとき付けていきなよ!バレたら怖そうだけど(笑)」
そう言って差し出したのは、
簡単に包装されたピンクの色付きリップ。
「これ、バレずに、でもちょっと可愛くなれるっていまバスケ部で流行っててさ!さっきの大野先生の授業付けてたけど、全然バレなかったの!おすすめ!」
はい、
とそれを握らされる。
「ありがとう!」
やっぱり、好きな人の前では少しでも、
ほんの少しでも、可愛くいたいし、
かわいいなんて思われなくても、
可愛くするだけで少し自信が持てたりするもの。
常時すっぴんの、
こんなガチガチのブラック校則の学校の
先生を好きになったなんて、
かわいい姿を見てもらうチャンスは、
全然ない。
私はそれをスカートのポケットにしまった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!