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「ねぇお母さん、あれは何?」
「これは弓道の試合よ。今は一番多く中った二つの学校でどっちが更に中て続けられるのか競っているところね」
「へぇー、面白そう!」
「簡単そうに見えるけれど難しいわよ。お母さんも高校生の頃弓道をしていたけど、半分中ればいい方よ」
「そんなに難しいんだ……」
「だからあの女の子たちはすごいわね。すごい集中力と忍耐力がないとあんなに中らないもの」
______________インターハイ、団体決勝戦。
会場中からため息が漏れた。
片方の学校の最後の一人が外したのだ。
一転、静寂があたりを包んだ。
肌がひりひりと痛む。
まるで、息すら許されないような沈黙。
人々の関心は射場に立つ、もう片方の学校の一人の少女に注がれていた。
この少女が中てることができたら、その学校の優勝となる大切な一本。
重くのし掛かる責任を、少女は勿論解っていた。
今にも倒れそうな程の緊張。
_______________私のこの一本で、勝敗が決まる。
それでも少女は前を向いた。
会場中の視線を集めながら弓をゆっくりと引く。
人々は音を発することを忘れたかのようで。
視線も動かさず、ただ一人の少女を見ていた。
それでも尚、射場で弓を引く一人の少女だけが、ゆっくりと、確かに時を刻んでいた。
それは、その少女だけが知っている弓の道。
長い沈黙の後、矢が的に放たれた。
それは、真っ直ぐな軌道を描き、空間を惹きつける一本の矢。
瞬間、会場中から歓声が上がる。
感動の拍手が鳴り響く中、その試合を観ていた幼い少女は母親に問うた。
「お母さんは、碧葉があの女の子たちみたいになれると思う?」
「きっとできるわ。碧葉も頑張ってあの女の子たちみたいに上手くなれるといいわね」
「うん、がんばる!お母さんも応援しててね!」
「もちろんよ。お母さんは碧葉のファン一号だもの」
「なにそれー(笑」
他愛もない会話の中、碧葉と呼ばれた幼い少女は胸に誓った。
必ず自身の足でこの舞台に臨んでみせる、と。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。