待ち合わせは、朝10時。
でも、きっとまだ、時間には程遠いはず。
私は駅までの道を急ぎながら、そんなことを考えていた。
*
土曜日の駅は、平日とはだいぶ雰囲気が違う。
制服やスーツ姿の代わりに、
子ども連れの家族や、私服同士のグループなどが目立って見える。
キョロキョロと辺りを見渡す。
もしかしてと思い、いつも待ち合わせをしていた駅のホームへ向かった。
時が止まったような気がした。
見慣れたベンチに、私服の岩下さんがいた。
慌てて、柱の陰に隠れる。
口を両手で押さえる。
こうでもしていないと、心臓が口から飛び出してしまいそう。
一日会わなかっただけなのに、ずっと離れていたような気持ちになる。
どれだけそうしていただろう。
ずっと同じ場所に立っていて、足の底が痛い。
駅の時計が目に入る。
フッと、目の前に影が出来る。
ベンチに座っていたはずの岩下さんが、いつの間にか目の前にいた。
確かに、今日選んだワンピースは、以前から持っていたもので、一番のお気に入り。
休日に出かける時にも、何度か着ている。
顔を見たら、声を聞いたら、それだけで気持ちが全て奪われてしまう。
心臓の音が、大きくなる。
『お兄ちゃんが作った惚れ薬で、あなたを好きになりました』
……こんなことを明かしたら、どう思うだろう。
打ち明けるはずだったことを先回りされ、言葉を失う。
岩下さんは苦笑いをして、申し訳なさそうに私を見た。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!