第21話

土曜日、ふたりの話。
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2022/10/11 23:00
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(私が、岩下さんを助けたことがある?)
岩下亮平
岩下亮平
ゆまちゃん、言ったよね。俺が菜月に優しくしてるのが、うらやましいって
野々宮ゆま
野々宮ゆま
はい……
岩下亮平
岩下亮平
俺はさ、ゆまちゃんが思ってるような、いい兄じゃなかったんだ
岩下亮平
岩下亮平
菜月が幼稚園に通い始めた時から、俺は頻繁ひんぱんに菜月の幼稚園の迎えを任されていて、放課後に友達とは遊べないし、
その後も結局、菜月の相手をしなきゃいけないし、正直邪魔だと思ってたんだよね
野々宮ゆま
野々宮ゆま
え……
言葉を失う。
今までの岩下さんからは、想像もできない言葉が飛び出したから。
公園で遊んでいたあの笑顔からは、吐かれるはずのないセリフ。
岩下亮平
岩下亮平
……幻滅した?
野々宮ゆま
野々宮ゆま
いっ、いえ、そんな……。ちょっとびっくりしただけで……
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(本当に幻滅はしていなかったけど、ショックだったことは確か)
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(顔に出ちゃってたのかな……)
岩下亮平
岩下亮平
いいんだ、俺も、自分で最低なこと言ってるって、分かってるから
岩下亮平
岩下亮平
大人げないよな。この歳になって、まだ園児の妹も可愛がれなかったんだから
岩下さんは、ため息混じりに笑って、目の前のカップに口をつけた。
岩下亮平
岩下亮平
……去年の、五月くらいだったかな。土曜日だった
岩下亮平
岩下亮平
俺は、いつもみたいに菜月の世話を任されていて、それに嫌気がさしてて
岩下亮平
岩下亮平
そのせいで、ほんの少しの間、菜月から目を離した。駅の中で、迷子になっちゃったんだ
岩下亮平
岩下亮平
……すごく後悔したよ。あんなにちっちゃい子どもが、広い駅にひとりぼっちになるんだ。どれだけ心細かったか分からない
菜月ちゃんを思って、辛そうにしている岩下さんを見て、妙に安心してしまう。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(邪魔だと思ってたなんて言ってたのに、ちゃんと心配してたんだ)
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(なんだ……。妹思いの、私が知ってる岩下さんのままだ……)
岩下亮平
岩下亮平
その時、助けてくれたのは、ゆまちゃんだよ
岩下さんと菜月ちゃんの思い出話の中に、いきなり私の名前が出てきて、目を見開く。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
え? わ、私?
岩下亮平
岩下亮平
そう。覚えてない? 迷子の女の子と手を繋いで、駅でその子のお兄ちゃんを探したこと
野々宮ゆま
野々宮ゆま
えーと……?
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(去年の春? 私が中学の時に、迷子の女の子……?)
頭の中に、大泣きしている小さな女の子が浮かぶ。
その子が叫ぶのは……。
菜月
菜月
『おにいちゃーん!』
菜月
菜月
『おにいちゃん、どこぉ!?』
野々宮ゆま
野々宮ゆま
……あ
思い出した。
中学の時、このお気に入りのワンピースで、駅ビルに買い物をしに来た休日のこと。

泣きながら歩いていた、小さな女の子と会ったことがある。
お兄ちゃんとはぐれたという女の子と、一緒に探して。


……ふたりで見つけたお兄ちゃんが、岩下さんだった?
野々宮ゆま
野々宮ゆま
あの子が……、菜月ちゃん?
岩下亮平
岩下亮平
そうだよ。ゆまちゃんが菜月と手を繋いで、一緒に俺を探してくれた
岩下亮平
岩下亮平
ゆまちゃんがずっと励ましてくれたから、あの日の菜月は笑顔でいられたんだ
岩下亮平
岩下亮平
あの時、ゆまちゃんが、『お兄ちゃんが大好きなんてうらやましい』って、笑って言ってくれた。その笑顔に、嘘はつきたくないと思った
岩下亮平
岩下亮平
あの日から、ずっと……ゆまちゃんが好きだよ

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