第13話

木曜日、恋の終わり。⑤
2,699
2022/08/16 23:00
家に帰ると、すでに兄は学校から帰宅していた。
バタン! と、乱暴に玄関のドアを閉めて、一目散に自室がある二階へ駆け込む。
野々宮博司
野々宮博司
こら。ゆま、帰ったら「ただいま」くらい言いなさい
野々宮ゆま
野々宮ゆま
うるさいっ!
呆れた声で私の部屋をノックする兄に、泣きながら怒鳴りつける。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
お兄ちゃんのせいなんだから!
野々宮ゆま
野々宮ゆま
全部、全部……っ!
野々宮ゆま
野々宮ゆま
大っ嫌い! 顔も見たくない!
野々宮ゆま
野々宮ゆま
あっち行ってよ!
野々宮博司
野々宮博司
……
野々宮博司
野々宮博司
亮平と、けんかしたのか?
野々宮ゆま
野々宮ゆま
あっちに行ってってば!
私の全力の叫びを無視して、廊下にいる兄はしつこく話しかけてくる。
私は答えず、ただ泣きじゃくるばかり。
それはきっと、ドアの向こう側まで届いていたはず。
まだ、兄がいる気配が消えない。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
なんで……っ、あんな薬作ったの
野々宮ゆま
野々宮ゆま
なんで私に飲ませたの……!
野々宮ゆま
野々宮ゆま
こんなに好きなのに、ひどい
野々宮ゆま
野々宮ゆま
いつになったら好きじゃなくなるの……!?
野々宮博司
野々宮博司
……
ドアに向かって叫ぶけど、返答は何も無い。
もうとっくに、そこにはいないのだろうか。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
お兄ちゃんのバカ……
野々宮ゆま
野々宮ゆま
大嫌い
野々宮博司
野々宮博司
俺にはそうやってぶつけられるんだからさ、亮平にも同じようにぶつけてみればいいのに
野々宮ゆま
野々宮ゆま
なにそれ……
まだそこにいたことに、変な安心感を覚える。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(お兄ちゃんなんて、顔も見たくないほど、大嫌いなのに)
野々宮博司
野々宮博司
俺は、ゆまに不幸になって欲しくて、いつも実験台にしてるわけじゃないよ
野々宮ゆま
野々宮ゆま
……?
少し涙がおさまって、そっとドアを開けてみると、そこにはもう兄の姿はなかった。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
……
野々宮博司
野々宮博司
……
夕飯の時間。
私たち兄妹は何の言葉も発さずに、黙々と口に食事を運ぶ。
ママ
やだ、ふたりとも、今日はどうしたの?
ママ
いつも仲良くけんかしてるのに
野々宮ゆま
野々宮ゆま
……別に
野々宮博司
野々宮博司
俺は、ゆまとけんかしてるつもりじゃなかったけどなぁ
野々宮ゆま
野々宮ゆま
私が一方的に怒ってるみたいに言わないでよね
パパ
まあまあ、ふたりとも落ち着きなさい
パパ
ゆまにだって、色々あるんだよな。喋りたくない日は、無理に口開かなくていいんだよ
野々宮ゆま
野々宮ゆま
……
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(どういう意味だったんだろう。あの変な発明品たちが、私を不幸にするためじゃなかったって)
少しモヤモヤした夕飯の時間が終わって、私はすぐに自室へ引っ込んだ。
なんだか妙に疲れてしまって、まだお風呂に入っていないのに、ベッドに倒れ込む。
──ピコンッ。
スマホから通知音が鳴って、机の上に手を伸ばす。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
!!
思わず、ベッドの上に体を起こした。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(岩下さん……)
恐る恐る、メッセージを開く。
岩下亮平
岩下亮平
『ちゃんと話がしたい』
文字を見ただけで、岩下さんの声が頭の中で再生される。
野々宮ゆま
野々宮ゆま
(好きなのに……)
スマホの上に、ポタッと涙が落ちる。
私は結局、メッセージに返信が出来なかった。

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