家に帰ると、すでに兄は学校から帰宅していた。
バタン! と、乱暴に玄関のドアを閉めて、一目散に自室がある二階へ駆け込む。
呆れた声で私の部屋をノックする兄に、泣きながら怒鳴りつける。
私の全力の叫びを無視して、廊下にいる兄はしつこく話しかけてくる。
私は答えず、ただ泣きじゃくるばかり。
それはきっと、ドアの向こう側まで届いていたはず。
まだ、兄がいる気配が消えない。
ドアに向かって叫ぶけど、返答は何も無い。
もうとっくに、そこにはいないのだろうか。
まだそこにいたことに、変な安心感を覚える。
少し涙がおさまって、そっとドアを開けてみると、そこにはもう兄の姿はなかった。
*
夕飯の時間。
私たち兄妹は何の言葉も発さずに、黙々と口に食事を運ぶ。
*
少しモヤモヤした夕飯の時間が終わって、私はすぐに自室へ引っ込んだ。
なんだか妙に疲れてしまって、まだお風呂に入っていないのに、ベッドに倒れ込む。
──ピコンッ。
スマホから通知音が鳴って、机の上に手を伸ばす。
思わず、ベッドの上に体を起こした。
恐る恐る、メッセージを開く。
文字を見ただけで、岩下さんの声が頭の中で再生される。
スマホの上に、ポタッと涙が落ちる。
私は結局、メッセージに返信が出来なかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!