先生にそっと耳打ちをした。
伊野尾先生は驚いたように目を丸くしながら「えっ、そうなの?」と声を張った。
そう、私………シンデレラの王子様はたった一人。
“彼”だけなのだから――――。
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廊下ですれ違った3人に呼び止められた私は、彼女らに連れられ誰もいない屋上へとやって来た。
珍しい事もあるようで、今日は屋上の鍵が開いていた。普段なら絶対に閉められているはずのここが、何故。
そんな思考を止めるかのように神谷さんが「あのさ」とこちらを振り返った。
不敵な笑みを浮かべる神谷さんが、軽いステップでこちらへと近付いてきた。思わず身を引く私だったが、後ろへ回っていた堀さんの存在に気づかず、彼女の両手に捕まってしまった。
神谷さんは左手で拳を作ると、私の腹部をめがけ思い切り殴ってきた。ズシンとした鈍痛が腹部から身体中に響く中、先程ここへ来る前に食べていた苺が込み上げてくるように感じた。
全身の力が抜けていくのを感じた。
崩れるようにその場へ倒れ込む私の両腕を、堀さんと佐々木さんが捕まえる。
そう罵声を浴びせる二人だが、実際に手を下すのは神谷さんだけだった。殴られ、蹴られ、既に腹部や腕にはじんわりとした痛みが広がっていた。
もう意味が分からない。
なぜこうも私はこの人達に暴力を振るわれているのだろうか。
今まで一度も手を出してこなかった3人。なぜ急にこうなってしまうのか、やはり私には検討もつかなかった。
どういう事かと訊ねる前に、神谷さんは懐から大きな裁ち鋏を取り出した。
―――殺される。
咄嗟に目をギュッと瞑った私の頬をその鋏がスッと横切った。
何も痛みを感じない私は、思わず油断して目を開けてしまった。ふと私の膝元に柔らかい感触を感じ、恐る恐る足元へ視線を送った。
………私の膝の上に落ちていたのは、長く伸ばしていた私の黒い髪の毛の束だった。
恐る恐る自分の髪を触るも、胸下まで伸ばしていた長い髪は見るも無残に肩に付くか付かないか程度の長さへと切られていた。
ふと見上げた彼女は、悪魔のような恐ろしい笑みを浮かべていた。そうか、私………。王子様を選ぶ権利と言うのを失ってしまったのか。
………この時、私は生まれて初めて絶望という闇に飲み込まれた。
もう迷わない。そう先生に宣言した直後の事だった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!