淡々と階段を降りていく山田涼介を、後ろから追いかけるように付いていく私。付き合ってくれるのはいいんだけど、よりによって保健室って………。
挙手の敬礼(警官や軍人がよく行う、腕を上げ顔の前へ手を持ってくるあの敬礼のこと)のように、顔の前へ手をやる山田涼介。
でもそれって救急車というよりかは警察の類いだよね?
ぽかんと口を開けたまま立ち尽くす彼の横を通り過ぎ、「早くしてよ。行くんでしょ?救急車サマ」と皮肉な笑顔を見せてやった。
制服の袖を捲る仕草を見せた彼は、私の方へと歩み寄って来ては「ほら」と両手を広げた。
一向に理解しようとしない私に「馬鹿なの?」と一言告げると、何やら思い立ったかのようにそうだ!と私の目の前で跪いた。
耳を赤く染めながら戸惑う私の手を取ると、山田涼介は私の手の甲に優しく口付けし立ち上がった。
一歩一歩歩み寄る彼に警戒する私は、ジリジリと後ずさりしては彼からの逃亡を図るも。
慌てて腕を掴んだ山田涼介の力によって、私は再び彼の胸の中へと身体を埋めることになってしまった。
山田涼介の胸元から微かに聞こえる心臓の音は、私と同じ少し鼓動を速くしながら脈を打っているよう。
視線どころか心さえも吸い込まれそうになるほどに、彼の真剣な眼差しが私の瞳へと一点に注がれていた。
思わず見とれてしまい立ち尽くす私の身体を軽々と抱え上げた山田涼介は、私の身体で足元が見えなくなる中いわゆる“お姫様抱っこ”で私を保健室へと運んでくれた―――。
彼の腕の中から見えた“山田涼介”という人間の顔は、今までで一番整っていて、本当にかっこよかった。我を忘れてぼけっとしてしまうほどに。
保健室を開けると、デスクに座っていたのはいつもの養護教諭の八乙女先生ではなく、私達の担任である伊野尾先生だった。
その手元には伊野尾先生が大好きな知恵の輪が握られている。
先生も……サボり、だろうか?
慌てて降ろして貰った私は、大急ぎで彼から離れ距離を置いた。今さらな気はしたけれど、一応ね。
訊ねるだけ訊ねては、まるで興味を持っていないかのように知恵の輪を外そうと夢中になる先生に呆れてしまい、大きくため息を付いた。
本当にこの先生……よく教師になれたよね。
………ごめんなさい、全てです。
ますます先生の脳内がよく分からなくなってしまった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。