伊野尾先生の元へ書類を提出し戻ってきた私を見て早々、涼介が真剣な眼差しでこちらへ歩み寄ってきた。教室内にはあの3人と共に過ごす真里花の姿もあった。
それは、私達が出会った日に涼介がくれようとしたあのCDだった。確かあの時、頑なに拒否した覚えがあったのだが、今になってどうしてこのようなものを渡して来たのだろうか。
首を傾げたまま彼の顔を覗き見ると、ピクリと肩を竦め「貰ってくれないか」と少し声を震わせながら突き出してきた。
よく見れば、そのCDは封が開けられており、誰かが中を開けたような痕跡が微妙にだが残っていた。恐る恐る黙って受け取ると、周りの誰にも聞こえないようなか細い声で「どうも……」とだけ答えた。
お母さんと似た口調になってしまった。
あの人ったらいつもこんな口調でお父さんと私とも話すのだから。
バッグを手に取った私は、一瞬考えながらもいつも通り無造作にCDを中へ突っ込んだ。
これでも一応、人から貰った物だから丁寧に扱った方が良いのか考えてみたものの、それでは私らしくない気がしたので敢えて適当にさせてもらう事にした。
でも、前の私なら頑なに拒んでいたのだが、なぜ今日に限って受け取ってしまったのだろう。自分でも自分のした行動の理由が分からなかった。
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家に帰って早々、目に入ったのはpure×lovelyの記事が一面に載ったスポーツ新聞だった。思わず立ち尽くしたままじっとその2人に目をやる私。
そこにはファンの子なら皆かっこいいと騒ぐであろう知念くんと涼介の笑顔を写した写真もでかでかと掲載されていた。2人を交互に見やる私の胸は少し締め付けられるような苦しさを感じた。
初めての感覚に戸惑いながらも、まぁいいやと自室へ足を弾ませた。
ベッドに身体を預けた私は、ふとカバンの中に入れられたあのCDの事を思い出した。
カバンに手を入れ手探りで探し出し、何気なく中身を開けて確認してみた。以前はきちんと封もされていたと言うのに………。
中には肝心のCDと歌詞も一緒に書かれたジャケット。それと………。
pure×lovelyのコンサートチケットが2枚。全席の3列目と指定までされているものが折り畳まれ同封されていた。
キュッと締め付ける胸を手で押さえ、静かにその名前を口にした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!