第2話

走れメロス 2
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2020/05/28 08:24
 メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏じゅんらの警吏に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。
ディオニス
この短刀で何をするつもりであったか。言え!
 暴君ディオニスは静かに、けれども威厳をって問いつめた。その王の顔は蒼白そうはくで、眉間みけんしわは、刻み込まれたように深かった。
メロス
市を暴君の手から救うのだ。
とメロスは悪びれずに答えた。
ディオニス
おまえがか?
王は、憫笑びんしょうした。
ディオニス
仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。
メロス
言うな!
とメロスは、いきり立って反駁はんばくした。
メロス
人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる。
ディオニス
疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。
暴君は落着いてつぶやき、ほっと溜息ためいきをついた。
ディオニス
わしだって、平和を望んでいるのだが。
メロス
なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。
こんどはメロスが嘲笑した。
メロス
罪の無い人を殺して、何が平和だ。
ディオニス
だまれ、下賤げせんの者。
王は、さっと顔を挙げて報いた。
ディオニス
口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、はりつけになってから、泣いてびたって聞かぬぞ。
メロス
ああ、王は悧巧りこうだ。自惚うぬぼれているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――
と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、
メロス
ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。
ディオニス
ばかな。
と暴君は、しわがれた声で低く笑った。
ディオニス
とんでもないうそを言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。
メロス
そうです。帰って来るのです。
メロスは必死で言い張った。
メロス
私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。
妹が、私の帰りを待っているのだ。

そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。

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