夢中でデスクに向かっていた
野々宮に瀬尾が声をかけた。
行き倒れていた、玲央という
謎の青年を居候に迎えてから、
瀬尾は活き活きしているし
早く帰るようになった。
“それでさ、この間また玲央が…
玲央と…玲央に…”
口を開けば玲央という二文字が
飛び出してくる。すっかりその
単語に飽きた野々宮は鞄を掴んで
早く外に出るよう瀬尾を促した。
半ば冗談めかして言ったのだが、
瀬尾は真剣な面持ちで呟いた。
思わず野々宮は硬直した。
お前、そっちの気があったのか、
なんていう言葉を飲み込んで、
暗い空を見上げた。
ホームに滑り込んだ電車に揺られて、
三駅ほど景色を流す。
やがて瀬尾の最寄駅に着いた。
同僚の瀬尾は爽やかな男で、
女子社員にも人気がある。
一方、野々宮は目つきが鋭く
髪型が個性的なのでとっつきにくい
イメージがある。
ため息を1つ、ついて次の駅で
降りる。歩いてすぐのアパートは
寂しそうに闇の中に佇んでいた。
誰も返事するはずのない空間に
向かって声を投げる。
ジャケットを掛けて、冷蔵庫を
開ける。ビール缶1本と安いチーズ、
それからカップ麺。食卓に並んだ
食材は悲しくなるほど不健康だった。
ふと、窓が音を立てた。
不思議に思って見ていると、
次の瞬間窓が開け放たれた。
カーテンがはためき、書類が
宙を舞う。
瞬き1つすると、そこには
黒いコートに身を包んだ銀髪の
青年が居た。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!