好きなんです…」
私の中で、伝えたいという思いが勝ってしまい気が付いた時にはすでにあの二文字を口に出していた。
一瞬、沈黙が続く。
私はその一瞬がたまらなく苦しかった。
しかし、苦しさを感じるか、感じないかの瞬間で伊藤先生が口を開いた。
「他の生徒なら何かの冗談なのか?と思うがお前がそんな冗談を言うようには思えない。違うか?」
先生はまっすぐ私を見てそう言った。
「はい、先生。冗談なんかじゃないです。気がついたら私…先生のことが…」
「悪い…その気持ちには応えられない。」
私が続きの言葉を言うのを防ぐかのように被せてそう言った。
分かってたのに。気持ちに応えてもらいえるはず無いって。
でも、それでもいい。伝えるだけでいいと思ってたのに。
心が苦しくて仕方がなかった。
辛くて。どうしようもなく辛くて…。
私は声の出し方が分からなくなって、口から言葉が出てこなかった。
「今日はもう、遅いから帰れ…。気をつけてな。」
先生は私に顔を向けずに、ドアに向かいながらそう言って去っていった。
伊藤先生…伊藤先生…
あんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
あの、去っていくときの悲しそうな…困ったような…顔。
私はこの場所の空気を出来るだけ吸いたくなくて、カバンに物を詰め込むと走って家まで帰った。
先生がさっきまで握っていたシャーペンはそのままにして…
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!