ずっと前の夏祭り。
まだ小さい頃だった。
そう言ってテオくんは、
泣いている俺の薬指に輪っかをはめてくれた。
静かだったスカイハウスにテオくんの声が響いた。
俺は夏祭りがあまり好きじゃない。
テオくんの笑った顔が見たいから、
はにかんでそう答えた。
夏祭りに行くと、
またあの約束が蘇ってくる。
子供の頃にした単なる " 口約束 " 。
テオくんは俺を泣き止ませるためだけに言っただけの、
軽い一言。
それを俺は本気にして大人になった。
机の上の引き出しに大切にしまってある輪っか。
プラスチックのおもちゃ。
どんな宝石よりも輝いてる綺麗な輪っか。
テオくんはきっと、
重いって思うんだろうな。
今日の夏祭りくらい楽しまなきゃ。
せっかくテオくんとふたりで、
プライベートで行けるんだから。
俺は浴衣を着て、
お祭りにでもありそうな笑ったお面を顔につけて家を出た。
テオくんに、
そんな想いが伝わらないように。
せめて今日だけは──
テオくんの足音が近付いて来る。
テオくんが浴衣を着てると、
いつもよりかっこよく見えた。
首筋がよく見えて、
鎖骨もちらっと見えた。
子供みたいなことを言ったテオくん。
あの口約束だってこんな感じで言ったんだろうな。
……じゃなくて、
だめだめ、考えちゃだめだよ。
街の方に近付くと、
人の笑い声が多くなっていく。
焼きそばやイカの焼いた匂いがする。
確かに空いた。
まあ、
いい匂いがすると空くよね。
とうもろこし屋の所にふたりで並んで、
ひとり一本ずつ買ったとうもろこしを少しずつ食べた。
向こうの方に小さな子供が居た。
ひとりが泣いてて、
ひとりが泣き止ませようと頑張ってる。
それでも泣き止まない。
なぜかその子達に目がいった。
テオくんが隣で俺に話しかけてる。
一応うなずいた。
だけど、
すぐに子供の方へ目がいってしまう。
だって、
まるで俺とテオくんみたいだったから。
あの子はどこの誰で、
名前もわからないけど、
俺とそっくりで。
もうひとりはテオくんそっくり。
あんなに小さな世界に、
あんなに大きな物語があった。
気付いたらテオくんがいない。
さっき何か言ってたけど、
ちゃんと聞いとけばよかった。
『テオくん?』なんて、
子供の頃みたいに大きな声で言えないし、
だからといってこの場から離れるとテオくんが困っちゃうし。
どうしよう……
せっかくの夏祭りなのに。
目に付いたのはおもちゃ屋さんだった。
小さな子供たちが群がってるおもちゃ屋さん。
銃のおもちゃや女の子のお人形。
その中に輪っかがあった。
あの時から時間が止まっているように、
何も変わってない同じ輪っか。
また思い出してしまった。
だめなのに。
ドラえもんのお面をかぶった、
子供の俺が喋った。
小さな浴衣にりんご飴。
何も知らないのか、この子は。
この世の中は同性愛を認めないことを。
テオくんのあの一言は軽いものなのだと。
そうだよ。
テオくんはバカなほど正直だよ。
でもさ、それとこれとは違う。
だから、
あんなのは冗談なんだよ。
そいつは俺のお面に触れようとした。
衝動でそいつを突き飛ばした。
言葉を遮ってそいつは言った。
お面で表情がわからない。
テオくんの声が後から聞こえた。
ああ、
さっき話しかけてたのは待っててねって言ってたんだ。
うなずいたからテオくんは……
テオくんは俺の腕を引っ張って階段を登った。
神社にはもう人が結構居て、
なんか残念だった。
こーゆー時は神社にふたりきりとかじゃないのかよ……
ドーーーン!!
心臓に響くこの音が懐かしい。
周りのひとたちも歓声を上げた。
それからドーンドーンと音が神社に響く。
すごく綺麗だった。
ほんとに小さな小さな声でしか返せなかった。
それに、
テオくんの方すら見れなかった。
今、どんな顔して花火を見てるのか。
テオくんは何を思っているのか。
花火すら見れない。
綺麗な懐かしい花火すら。
顔を上げることが出来なかった。
思い出さないって決めたのに。
ドラえもんのお面のやつがそんな俺を見て嘲笑う。
指を指して。
『大人になったら、ちゃんとしたやつあげるから』
そんな口約束でさえ、
俺を嘲笑う。
テオくんは、
今何を考えて何を思ってるの?
相方なのに何もわかんないや。
涙すら出てこない。
声も出ない。
顔も上げれない。
テオくんが優しく、
心配したように俺に話しかけた。
それでも顔を上げることが出来なかった。
出来たらこんなに苦労してないよ。
薬指に何かが当たった。
あの時の輪っかだった。
こんな大事な時にもかっこわるいテオくん。
でもそんなとこが大好きで、
大好きでたまんなくて……
照れくさく笑う。
顔がほんのり赤い。
ドラえもんのお面のやつが俺を見て笑う。
遠回しの告白。
オッケーしたのは気付いてくれたかな?
テオくんは恥ずかしそうに、
でも幸せそうに笑った。
小さく小さく呟いた。
誰にも聞こえないように。
花火の音に紛れさせながら。
あ、聞こえてたみたい。
ドラえもんのお面のやつが居なくなっていた。
うん、
確かにそうだった。
微かにりんご飴の匂いがした。
ドラえもんのお面がまた笑った気がした。
ドーーーン!!!
今度はちゃんと顔を上げることが出来た。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。