納棺師イソップ・カールは心の中で顔をしかめた。
夜中の厠は、誰に会うこともない。
社交恐怖持ちのイソップにとっては大変ありがたい話だった。
なのに、何故。
何故こんな時間に会ってしまうんだろうか。
しかも一階で皆が騒いでいた、"新しいサバイバー"。
つまり、初対面ということになる。
早々に切り上げようと、厠を出て行くイソップを、あなたが遠慮がちに引き止める。
自分のことを聞いていないのだろうか、とイソップは眉を顰めた。
社交恐怖の自分について。
今度こそイソップが離れようとする。
しかし。
厠は突き当たりにあって、廊下の光はもうなく、あるとすれば僅かに差し込む月明りくらいだ。
でも、それでも、追いかけて厠を出てきたあなたの顔を照らすには十分の光だった。
イソップは慌てて目を逸らす。
どくん、どくん、と胸が高鳴るのを抑えつける。
あんなに美しい顔は久しぶりに見た。
イソップは驚いた。
そんなこと、一度だって言われたことがない。
そもそも遠ざけるような言動をしているイソップに、それを超えてまで絡もうとしてくる人はそうそういない。
何を言われたのか自覚した瞬間、イソップの顔に熱が集まってくる。
目の前に来てへにゃりと困ったように笑う様は、さらに美しくイソップの目に映った。
安易に手を伸ばしかけて、ぐっとこらえる。
生身の人間に触りたいと思うなんて、いつぶりだろうか。
イソップは自身の行動に驚きながら、無意識の内に手袋を外していた。
イソップから差し出された手を、少しほっとした様子であなたが取る。
触れ合う素肌にびくりとするが、不思議と嫌ではない。
むしろ心地よさすら感じる。
感触を確かめるように、ぎゅっと握りしめてみれば、応えるように控えめに握り返してくる。
自然と手を繋いだまま、自室へ案内すれば、あなたは驚いて声を上げた。
イソップは思わぬ幸運に心が躍った。
そういえば夕方から夜にかけて空き部屋であるはずの隣が少し煩いとは感じていたが。
友達というものは殆ど出来たことがないが、ここに来てからはイライさんやウィリアムさんなど優しい人たちも多く、少しは生きている人との関わりを持ち始めたつもりだ。
今の僕なら、自分からあなたに近づいて仲良く出来るかもしれない。
そうイソップは感じた。
とはいえ社交性がある人間たちのように、うろうろと色んな場所に出向くことは苦手だ。
隣の部屋で本当に良かったと、運に感謝した。
繋いだ手を少しだけ持ち上げ、照れたように、でも少し嬉しそうにそう言うあなたにまたイソップの胸が高鳴る。
これだけ社交的で、容姿も整っているのに、あなたはとても初々しく振る舞う。
社交恐怖からくる自分の態度とはまた違う。
もっと、よく彼のことが知りたい。
部屋の前で、ゆっくりとあなたが手を離そうとする。
クン、とイソップが手を握り直すとあなたは驚いてそちらを見る。
このまま離れたくなかった、なんておかしく思われるだろう。
イソップは緊張と闘いながら必死に思考を巡らせる。
あなたは少し緊張が解けたような表情になった。
そして、イソップと繋いでいた手の指をぐっと絡めて、微笑む。
自分の顔が赤くなるのも構わずに、イソップはその笑顔に見惚れた。
あなたのドアが閉まるのを見計らって、イソップは自身の部屋のドアを閉めた。
そのまま部屋の奥へ行き、棺に入れてある身代わり人形と、化粧道具を取り出す。
深夜の暗闇の中、イソップの中で大きな何かが変わり始めようとしていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。