第6話

真夜中の立会
209
2021/05/08 17:06
納棺師イソップ・カールは心の中で顔をしかめた。
あなた
あ、あの、はじめまして
イソップ・カール
...。どうも




夜中の厠は、誰に会うこともない。


社交恐怖持ちのイソップにとっては大変ありがたい話だった。



なのに、何故。
あなた
...えっと...俺、あなた・あなたの名字っていいます。よろしくお願いしますね

何故こんな時間に会ってしまうんだろうか。



しかも一階で皆が騒いでいた、"新しいサバイバー"。



つまり、初対面ということになる。
イソップ・カール
...よろしくお願いします...
あなた
あ、あのっ
早々に切り上げようと、厠を出て行くイソップを、あなたが遠慮がちに引き止める。
イソップ・カール
...何か?
あなた
貴方はその、何のご職業を?
イソップ・カール
納棺師です
自分のことを聞いていないのだろうか、とイソップは眉を顰めた。

社交恐怖の自分について。
イソップ・カール
...じゃあ...
今度こそイソップが離れようとする。









しかし。
あなた
待ってください
イソップ・カール
厠は突き当たりにあって、廊下の光はもうなく、あるとすれば僅かに差し込む月明りくらいだ。



でも、それでも、追いかけて厠を出てきたあなたの顔を照らすには十分の光だった。
イソップ・カール
...ッ
イソップは慌てて目を逸らす。


どくん、どくん、と胸が高鳴るのを抑えつける。






あんなに美しい顔は久しぶりに見た。



イソップ・カール
...何なんですか...
あなた
ごめんなさい、突然迷惑ですよね...。
ただ、貴方と仲良くなりたくて
イソップ・カール
(仲良くなりたい?)
イソップは驚いた。




そんなこと、一度だって言われたことがない。


そもそも遠ざけるような言動をしているイソップに、それを超えてまで絡もうとしてくる人はそうそういない。




何を言われたのか自覚した瞬間、イソップの顔に熱が集まってくる。
イソップ・カール
...変わってますね、貴方
あなた
はは...たまに言われます
目の前に来てへにゃりと困ったように笑う様は、さらに美しくイソップの目に映った。
イソップ・カール
(触れたい)
安易に手を伸ばしかけて、ぐっとこらえる。


生身の人間に触りたいと思うなんて、いつぶりだろうか。





イソップは自身の行動に驚きながら、無意識の内に手袋を外していた。
イソップ・カール
イソップ・カールです...よろしく
あなた
! カールさん、よろしくお願いします
イソップから差し出された手を、少しほっとした様子であなたが取る。



触れ合う素肌にびくりとするが、不思議と嫌ではない。

むしろ心地よさすら感じる。
イソップ・カール
(生きてる人間の体温は、こんなにあたたかかったのか)
感触を確かめるように、ぎゅっと握りしめてみれば、応えるように控えめに握り返してくる。
あなた
あの、カールさんの部屋はどちらに?
イソップ・カール
ええと、あそこです
自然と手を繋いだまま、自室へ案内すれば、あなたは驚いて声を上げた。
あなた
えっ?お隣だったんですね...。
私こっちなんです
イソップ・カール
(そうだったのか)
イソップは思わぬ幸運に心が躍った。


そういえば夕方から夜にかけて空き部屋であるはずの隣が少し煩いとは感じていたが。
イソップ・カール
(...嬉しい)
友達というものは殆ど出来たことがないが、ここに来てからはイライさんやウィリアムさんなど優しい人たちも多く、少しは生きている人との関わりを持ち始めたつもりだ。



今の僕なら、自分からあなたに近づいて仲良く出来るかもしれない。
そうイソップは感じた。





とはいえ社交性がある人間たちのように、うろうろと色んな場所に出向くことは苦手だ。



隣の部屋で本当に良かったと、運に感謝した。
あなた
...あははっ。
私、こんなに誰かと手を繋ぐなんて小学生以来ですよ
イソップ・カール
! 僕も...
繋いだ手を少しだけ持ち上げ、照れたように、でも少し嬉しそうにそう言うあなたにまたイソップの胸が高鳴る。


これだけ社交的で、容姿も整っているのに、あなたはとても初々しく振る舞う。




社交恐怖からくる自分の態度とはまた違う。



もっと、よく彼のことが知りたい。
あなた
明日もゲームがあるんですよね?
誰が呼ばれるか知りませんが、早く寝たことにこしたことはありませんね
部屋の前で、ゆっくりとあなたが手を離そうとする。
イソップ・カール
...!あ...
クン、とイソップが手を握り直すとあなたは驚いてそちらを見る。
あなた
どうかしましたか?
イソップ・カール
...えっと
このまま離れたくなかった、なんておかしく思われるだろう。


イソップは緊張と闘いながら必死に思考を巡らせる。
イソップ・カール
きっと、ゲームは簡単ではないですけど、
君のことは僕が助けるから、あまり不安がらないでください...
あなた
あなたは少し緊張が解けたような表情になった。
あなた
ありがとうございます、カールさん。
お優しいですね、気持ちが少し軽くなりました
あなた
来たる日には、貴方と一緒になれることを願ってます
そして、イソップと繋いでいた手の指をぐっと絡めて、微笑む。




自分の顔が赤くなるのも構わずに、イソップはその笑顔に見惚れた。
イソップ・カール
(マスクがあって助かった)
あなた
おやすみなさい
イソップ・カール
おやすみなさい
あなたのドアが閉まるのを見計らって、イソップは自身の部屋のドアを閉めた。

そのまま部屋の奥へ行き、棺に入れてある身代わり人形と、化粧道具を取り出す。



深夜の暗闇の中、イソップの中で大きな何かが変わり始めようとしていた。

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