第2話

紹介の時間
2,003
2019/08/13 06:44
【紹介の時間】

椚ヶ丘中学……3年E組までの道のりは厳しい。
普通の校舎ならば道順に歩けば直ぐなのだが、旧校舎を使用して居るE組には長い階段を登り、山の上の方まで行かなければならない。
依頼で招かれる事になった武装探偵社の3人とポートマフィアの3人も勿論登る必要が有る……のだが、大人しく登れる訳も無く、登る途中途中で芥川と中島が揉め。
其れを止めるべく真ん中に入った太宰と中原がその言動により更に揉め。
それが数十回続いて漸く1番上に辿り着く頃には、全員が既に疲れ果てて居た。

そんな彼等の元に現れたのは、3年E組で暗殺術の指導を行いながら 謎の生物 の監視を行って居る男性こと烏間。 依頼を受けた者達を教室に案内し、これからの事について説明する様に言われて居る。

「烏丸だ、貴君らが……。」
「はい、国木田と……アレが中島と太宰です。」
「私が尾崎で、彼処で戯れておるのが中原と芥川じゃ。」

各組織の3人の中でマトモ……と言うか常識を身に付けて居る『大人』な国木田と尾崎が、後ろで騒いで居る4人を不思議そうな目で見て居た烏間の対応を担った。 2組織が共同で任務に就くのに良い印象を抱いて居ない どころか 警戒心を抱いて居るのは、政府の中でも特殊な異能特務課題のみ。
2人が苗字を名乗っても何とも思わず校舎に案内しようとする烏間は、2組織の関係性については知らされて居ないのだろう。
其れならば、わざわざ告げる必要は無い。
国木田も尾崎もそう判断したようで、お互いに何も口に出す事はしなかった。

「おや、その方達が転入生と先生ですか?」
「蛸っ!!」
「にゅや!?蛸とは失礼ですね!」

教室に向かう前に突如目の前に現れたのは、黄色い……蛸の様な触手の生えた存在。
そう、お察しの通り月を破壊した張本人であり、3年E組の担任を何故か自ら務めて居る超生物。
通称・殺せんせー。
流石に異能力の戦闘に良く巻き込まれて居ると言っても、こんな存在は今まで見た事が無い。
勿論生真面目な国木田はいきなり現れた存在に飛び退いて居たものの、なかなか好奇心旺盛な中島はその触手にじっと視線を注いで居た。

「後から紹介するから教室に居ろと、昨日の放課後に言った筈だが……?」
「今、私も教室に向かう所だったんですよ!
今までフランスに居て、……っと、烏丸先生もフランスパン要りますか?」
「要らん。」

フランスパン……
そう呟いたのは中島。
そして其の呟きを目敏く拾ったのは、勿論殺せんせー。烏間と国木田の前から消えたと思うと、途端に中島の目の前に姿を現した。

「君が中島君ですね?」
「え、はい、中島 敦です。」
「はい、挨拶代わりのフランスパンです。」
「挨拶代わりのフランスパン……?
あ、でも有難う御座います。」

本場のフランスパンを、中島は食べた事は無い。
寧ろ今まで孤児院で食事も抜かされた事も有り、最近は同居人である泉の料理によって体重も平均に近付きつつ有るが、中島の好物はお茶漬け。
フランスパンとはなかなかお近づきになれないのが、事実である。
国木田としては他の……それも、謎の超生物からフランスパンを貰うのは……とかなり悩んで居た様子だったが、受け取った後にフランスパンに触りながら ” わぁ 、 固いですね! ” と嬉しそうな表情を浮かべて居る中島を見て、何も言えなくなった。

「そのフランスパンは職員室にでも保存しておこう。放課後に取りに来ると良い。」
「では此処からは私が教室に案内を!」
「させられん。
紹介が終わるまでは、俺が任じられて居る。」


《 教室 》

今日、転入生と新任の先生がこの3年E組にやって来ると聞かされたE組は、珍しく赤羽も遅刻もサボる事もせず、クラスメイト全員が揃って居る。
教室の彼方此方で、転入生や先生についての勝手な想像がなされる中、業と渚もまた、周りと同じ疑問を抱いて居た。

「ねぇ業くん、やっぱりわざわざこのE組に転入して来るって事は……。」
「暗殺者かもね。」

心配そうな渚の表情に反して、業は笑って居た。
そう、3年E組では、卒業までに殺せんせーを殺すと言う目標が有る。
生徒も、暗殺術を学んで居るし、失敗してしまったものの今までに様々な方法で暗殺を試して居る。
当人が知って居るかどうかは不明だが、3年E組の中で暗殺術に優れて居るのは渚。
此方は当人も知って居ると思うが、かなりえげつない策を思い付くのが業である。

「皆さん、おはようございます!
今日は昨日言った通り、転入生と新しい先生を紹介します!」

普段ならば入って来た瞬間に、殺せんせーを殺す為に作られた対殺せんせー用BB弾がクラスメイト全員から飛んで行く所だが、今日は流石に新しい人達の邪魔になってしまう為控える様に、と昨日の内に烏間から厳命されて居た。
本当ならば殺せんせーと烏間以外にも1人教師が居るのだが……殺せんせー曰く まだ職員室に居るそうだった。
其れを告げられた瞬間烏間は職員室に向かおうとしたものの、どうやら6人の紹介の方が先だと思った様で、かなり我慢して居る様子だったが、仕方なく教室の方に来た。

「女の子ですか!?」

そう聞いたのは、予想通りと言うか何というか……岡島大河。渚と業が暗殺者であるかどうかについて会話して居る時に、ムダに真面目な顔をしながら女子かどうか考えて居た張本人である。

「先生側には女性が居るが、他は全員男だ。」

E組のクラスメイトは、岡島が崩れ落ちる瞬間を見た。そして、” と言う事は1人は女の人が居る! ” と叫びながら蘇る瞬間も見た。
勿論、女子達は何時も通り引いて居る……のだが、其れすら気にしない人こそ、自他共に認めるド変態の岡島。

「入って来て構わない。」

烏間がそう外に声を掛けると……
勢い良く、砂色の外套が飛び込んで来た。
いや、正確には砂色の外套を着た長身の青年が。
そして廊下には明らかに蹴り飛ばしました!と言わんばかりの格好をした、椚ヶ丘中学校の制服を着た少年(?)が居た。
そして、その少年(?)が怒って居るのは明らかだった。

「真逆外套の下に制服を着てるなんて思わなかったよ、……似合うよ、な・か・は・ら・く・ん。」
「俺も着たくてこんな、こんな制服着てんじゃねぇよ!つか、芥川と人虎も着てんだろうが!」

ぽかん とした様子でそんなやり取りを眺めて居たE組の生徒達だったが、教室に向かって来る迄の道のりでも口喧嘩は何回も起きて居た為、殺せんせーは……何時も通りで、烏間は呆れた様な溜め息をついて居た。
そんな口喧嘩はずっと続きまくって居たが、何をして……と呟きながら固まったまま突っ立って居た国木田が2人共の頭を引っぱたいた。
そして6人全員が入って来た瞬間に、尾崎の後ろに夜叉が見えたのは、きっと気のせいではない。
太宰も中原も、そんな様子の尾崎には反抗しない方が良いと学んで居る為、即大人しくなった。
まぁ隣に立った瞬間お互いの足を踏み始めるのだから、大人しくなったとは言えないかもしれないが。

そう、中原が愚痴った通り、生徒として潜入する事になった中原・中島・芥川は、椚ヶ丘中学校の制服を着て居る。
教室に来るまで中原は普段肩に羽織って居るだけの黒色の外套をきちんと前も閉めて見えない様にして居たが、流石に挨拶する、となると着て居る訳にもいかず……。
脱いだ瞬間太宰が笑い出した為、ちょっと……いや、かなりイラッとして蹴り飛ばしたのである。
芥川も外套を着て居るが本人が脱ごうとしないのに加え、芥川の異能力の発動には矢張り必要だと判断し、そのまま。
中島は出発する前に真面目な国木田に着替えさせられたが……何とも違和感が無かったのに加え最初は新鮮で中島本人も喜んで居たので、太宰から笑われる事は無かった。
笑うタイミングを失ってしまったから笑わなかった、と言う事実を知って居るのは、太宰……そして、その表情を見て居た国木田の2人だけ。

「……では、それぞれ簡単に自己紹介を。」

因みにE組の生徒達がそんな様子を首を傾げて眺めて居た時に入って来た……暗殺者でありもう1人の教師であるイリーナには、誰も気付かず……機嫌良く入って来たイリーナもそんな雰囲気を見ては、首を傾げるしかなかった。
そんな沈黙を貫く様に、こほんと1つ咳払いしてから烏間が口を開いた。

「俺は、国木田独歩。
数学の教師として勤めさせて貰う。」
「簡潔過ぎだよ、国木田君!
私の名前は太宰治、えーっと理科だったかな……?
多分そこら辺を教えるよ!」
「私は尾崎紅葉じゃ。
教科は歴史を担当する、宜しく頼むぞ。」

まずは教師として潜入する3人が挨拶をした。
女性!と岡島がハイテンションで席から立ち上がろうとするものの、クラスメイトの女子達から睨みを効かされ、渋々ながら座り直すだけに留めた。
まぁその表情は諦めて居ない様なので、多分挨拶が終わったら即話し掛けに行く気満々なのだろうが。そして、次は生徒3人。

「中原中也だ、チビっつったら殺す。」
「中島敦です!
えっと……学校生活とか初めてなので、今、迚も楽しみです!宜しくお願いします!」
「芥川龍之介……。」

中原の挨拶についてはかなり殺伐として居たが、次の中島の挨拶に、女子達の何人かが 可愛い と 呟くのは、中島には届いて居ない様だった。
あれだけ元気そうに振る舞って居ても、矢張り内心では初の学校生活に緊張して居るのだろう。
因みに芥川の名前を言うだけの自己紹介には睨みを送った中島だったが、芥川は其れに反応せず。
無事に終わった……様に見えたのだが、矢張り転入生と新しい教師だけあって、質問コーナーも当然設けられており……??

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