幹事の人に会費だけ払って、私は逃げ出した。
外に出て、もう一度バッグの中やポケットを探る。
さっきの先輩が、いつの間にか追いついてきていた。
アルコールの匂いをぷんぷんさせながら、下卑た笑みを浮かべている。
先輩は私の腕を掴むと、無理矢理引っ張るようにして歩き出した。
でも、今自分の身を守れるのは私だけだ。
とにかく声を上げて助けを求めようと、大きく息を吸った。
――その、直後。
私の名前を呼ぶ声がした。
はっとして振り返ると、類さんが全力でこっちに走ってきている。
道行く人たちにぶつかりそうになりながらも、私のことだけを見て、真っ直ぐに。
先輩の動きが止まったので、私も隙を見て腕を振りほどいた。
類さんの方へ駆け寄ると、彼は私の無事を確認するように、一瞬だけ抱きしめてくれる。
類さんは頷いた後、息を切らしたまま、私を背中に庇った。
先輩は怖じ気づいて震え上がり、おぼつかない足取りで逃げていった。
掴まれていた腕の皮膚が、じんじんと痛い。
類さんが来てくれなかったら、今どうなっていたんだろうと思うと、怖くて立てなくなってしまった。
崩れ落ちそうになった私を、類さんが抱き留めてくれる。
話を聞いてみると、私の両親から「日付が変わっても栞に連絡がつかないし帰ってこない」「今までこんなことはなかったから心配」と、類さんに相談があったらしい。
類さんは「捜してきます」と行って家を飛び出し、茜に連絡をとり、新年会のことを聞いた。
それから一次会が開かれた居酒屋に行って、私が落としたスマホを見つけ、店員に二次会の行き場所で心当たりがないか尋ねたようだった。
どうして、よりによって、類さんに迷惑をかけてしまったのだろう。
たくさんの受験生を抱えて、新教室の開設準備だって忙しい彼の負担にだけはなりたくなかった。
自分で招いたことだったのに、情けなくて、視界が滲む。
そっと、壊れものを扱うように、類さんは私の手を握った。
帰ろう、という合図だ。
すぐにでも、気持ちを伝えたい。
告白してしまいたい。
でも、茜を出し抜くことになる気がするし、酔った勢いだと思われるのも嫌だ。
今はまだ、その時じゃない。
さっきだって、妹だと言っていた。
彼の真意を聞いてみたくなって、それとなく質問した。
いつまで、〝妹〟でいなくちゃならないんだろう。
類さんが無意識に引いている境界線は、どうやったら飛び越えられるんだろう。
【第15話へつづく】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!