第14話

彼の境界線
1,719
2021/06/24 09:00
男子学生
男子学生
あのさ、二人でゆっくり話したいし、抜け出さない?
天羽 栞
天羽 栞
……結構です。
私、もう帰ります

幹事の人に会費だけ払って、私は逃げ出した。


外に出て、もう一度バッグの中やポケットを探る。
天羽 栞
天羽 栞
やっぱりない……。
どこかに忘れてきちゃったのかな
男子学生
男子学生
なに? スマホがなくて困ってるの?
俺の貸そっか?
天羽 栞
天羽 栞
ひっ……

さっきの先輩が、いつの間にか追いついてきていた。


アルコールの匂いをぷんぷんさせながら、下卑た笑みを浮かべている。
天羽 栞
天羽 栞
公衆電話を使うので、大丈夫です……
男子学生
男子学生
公衆電話って今はそんなにないよ。
ほら、貸してあげるから、ついてきて
天羽 栞
天羽 栞
は、離してください!

先輩は私の腕を掴むと、無理矢理引っ張るようにして歩き出した。
天羽 栞
天羽 栞
(怖い怖い怖い、怖い……!)

でも、今自分の身を守れるのは私だけだ。


とにかく声を上げて助けを求めようと、大きく息を吸った。


――その、直後。
高比良 類
高比良 類
栞!!


私の名前を呼ぶ声がした。


はっとして振り返ると、類さんが全力でこっちに走ってきている。


道行く人たちにぶつかりそうになりながらも、私のことだけを見て、真っ直ぐに。


先輩の動きが止まったので、私も隙を見て腕を振りほどいた。
天羽 栞
天羽 栞
離してっ
男子学生
男子学生
あっ、こらっ

類さんの方へ駆け寄ると、彼は私の無事を確認するように、一瞬だけ抱きしめてくれる。
高比良 類
高比良 類
……はっ、はっ……大丈夫、か……?
天羽 栞
天羽 栞
だ、大丈夫

類さんは頷いた後、息を切らしたまま、私を背中に庇った。
高比良 類
高比良 類
……おい。
うちの妹に何した?
男子学生
男子学生
ひっ、えっ……お兄さん!?
いえ、何も……!
帰ります!

先輩は怖じ気づいて震え上がり、おぼつかない足取りで逃げていった。


掴まれていた腕の皮膚が、じんじんと痛い。


類さんが来てくれなかったら、今どうなっていたんだろうと思うと、怖くて立てなくなってしまった。
高比良 類
高比良 類
栞っ!?

崩れ落ちそうになった私を、類さんが抱き留めてくれる。
天羽 栞
天羽 栞
あ、ご……ごめんなさい。
なんか、力が抜けて……
高比良 類
高比良 類
怖かったよな。
間に合ってよかった
天羽 栞
天羽 栞
助けてくれて、ありがとう。
けど類さん、忙しいのに……申し訳なくて……
高比良 類
高比良 類
気にしなくていい。
あと、これ栞のスマホ
天羽 栞
天羽 栞
えっ、どうして?

話を聞いてみると、私の両親から「日付が変わっても栞に連絡がつかないし帰ってこない」「今までこんなことはなかったから心配」と、類さんに相談があったらしい。


類さんは「捜してきます」と行って家を飛び出し、茜に連絡をとり、新年会のことを聞いた。


それから一次会が開かれた居酒屋に行って、私が落としたスマホを見つけ、店員に二次会の行き場所で心当たりがないか尋ねたようだった。
高比良 類
高比良 類
走ってる途中で栞を見つけられて、運が良かったよ
天羽 栞
天羽 栞
……心配させて、ごめんなさい
高比良 類
高比良 類
謝らなくていいって

どうして、よりによって、類さんに迷惑をかけてしまったのだろう。


たくさんの受験生を抱えて、新教室の開設準備だって忙しい彼の負担にだけはなりたくなかった。


自分で招いたことだったのに、情けなくて、視界が滲む。
高比良 類
高比良 類
あー、泣くなって……怖かったな。
ちょっとした勉強になったと思って、これから気をつけよう。
な?
天羽 栞
天羽 栞
……はい
高比良 類
高比良 類
それに、栞が酷いことをされる前に、俺が助ける。
そう思って、俺が自分の意思でやったことだから

そっと、壊れものを扱うように、類さんは私の手を握った。


帰ろう、という合図だ。
天羽 栞
天羽 栞
(やっぱり……大好き)

すぐにでも、気持ちを伝えたい。


告白してしまいたい。


でも、茜を出し抜くことになる気がするし、酔った勢いだと思われるのも嫌だ。


今はまだ、その時じゃない。
天羽 栞
天羽 栞
私って、類さんにとっては妹みたいなもの?

さっきだって、妹だと言っていた。


彼の真意を聞いてみたくなって、それとなく質問した。
高比良 類
高比良 類
そう……だな。
栞のことは昔から知ってるし、妹みたいに大切に思ってるよ
天羽 栞
天羽 栞
……そっか。
ありがとう

いつまで、〝妹〟でいなくちゃならないんだろう。


類さんが無意識に引いている境界線は、どうやったら飛び越えられるんだろう。


【第15話へつづく】

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