温泉を堪能した後、私たち四人は旅館で浴衣と下駄、それからアウターを借り、温泉街を散策することにした。
冬の温泉街はうっすらと雪が積もっていて、暖かさと寒さが混ざった不思議な体感温度だった。
浴衣の上にアウターを羽織ってはいるものの、建物の外は少し肌寒い。
茜は早速、類さんの隣を歩いているので、自然と私は蒼くんと並んだ。
大浴場での茜の話を思い出し、無意識のうちに蒼くんの顔をじっと見つめてしまう。
見つめながら首を斜めにしていると、視線に気付いた蒼くんがこっちを向いた。
頬が少し赤い。
蒼くんは眉間に皺を寄せながら、ぶっきらぼうに言った。
彼は昔から、顔だけは類さんに勝っているとよく言っていたのを思い出す。
茜の方まで会話が聞こえていたのか、私が困っている一方で彼女は笑っているし、類さんも事情が分からないようで目を点にしている。
蒼くんは「何でもねえよ」と言って、ひとり先に行ってしまった。
後から何を要求されるのか想像もつかないけれど、蒼くんが酷いことをするはずがない。
それだけは、自信を持ってはっきりと言える。
***
温泉街のグルメは、どうしてこうも美味しいのだろう。
提灯に積もった雪が、温かな光を広げて温泉街を彩る。
自分だってたくさん食べていたくせに、蒼くんは私にそう言った。
確かに、普段よりはカロリーの高いものを食べた気がする。
もうこれ以上は食べるものか、と決めた直後。
私の下駄の鼻緒がぷつっと切れてしまった。
なんてタイミングが悪いのだろう。
よりによって、みんなで出掛けている時に、こんな事態にならなくてもいいのに。
そう言って振り返り、もと来た道を戻ろうとしたところで、後ろから誰かが私を横抱きにした。
一切負担をかけさせない、ふわっとした優しい抱き方に、私は覚えがある。
口ではそう言うものの、類さんは全く私を降ろそうとはしなかった。
呆気にとられている蒼くんと茜に一言伝えて、どんどん進んでいく。
すれ違う他の観光客の視線が、痛い。
類さんは、そうしみじみと言った。
きっとその言葉に悪気はないのだろうけれど、地味にショックだ。
よりによって、食べ歩きをそれなりに堪能した後。
そう言って笑う顔があまりにも優しくて、私は怒る気も無くしてしまった。
色々食べた後でなければもう少し軽かったのに、と悔しく思う。
旅館で新しい下駄に替えてもらい、茜と蒼くんの元へと戻る途中。
私の隣をゆっくりと歩く類さんが、ふと頬を緩めた。
そう言った類さんの笑顔が、目に焼きついて離れない。
【第13話へつづく】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。