第12話

運がいいのか悪いのか
1,881
2021/06/10 09:00
温泉を堪能した後、私たち四人は旅館で浴衣と下駄、それからアウターを借り、温泉街を散策することにした。


冬の温泉街はうっすらと雪が積もっていて、暖かさと寒さが混ざった不思議な体感温度だった。


浴衣の上にアウターを羽織ってはいるものの、建物の外は少し肌寒い。
敷島 茜
敷島 茜
男湯の方も景色よかったですか?
高比良 類
高比良 類
よかったよ。
マイナスイオンってこういうことなんだなって思った
敷島 茜
敷島 茜
あはは、なんですかそれ

茜は早速、類さんの隣を歩いているので、自然と私は蒼くんと並んだ。


大浴場での茜の話を思い出し、無意識のうちに蒼くんの顔をじっと見つめてしまう。
天羽 栞
天羽 栞
(蒼くんが私を好き……?
やっぱり想像できない)

見つめながら首を斜めにしていると、視線に気付いた蒼くんがこっちを向いた。


頬が少し赤い。
高比良 蒼
高比良 蒼
……人の顔に何の疑問を持ってんだよ。
どこからどう見ても完璧なイケメンだろうが

蒼くんは眉間に皺を寄せながら、ぶっきらぼうに言った。


彼は昔から、顔だけは類さんに勝っているとよく言っていたのを思い出す。
天羽 栞
天羽 栞
あ、ごめん!
確かに、兄弟揃って格好いいよね。
それは間違いないと思うよ
高比良 蒼
高比良 蒼
はあ?
天羽 栞
天羽 栞
えっ、違う!?
ごめん、じゃあ何に怒ってるの?
高比良 蒼
高比良 蒼
おまえな……
敷島 茜
敷島 茜
あっはは

茜の方まで会話が聞こえていたのか、私が困っている一方で彼女は笑っているし、類さんも事情が分からないようで目を点にしている。


蒼くんは「何でもねえよ」と言って、ひとり先に行ってしまった。
天羽 栞
天羽 栞
(やっぱり、私に貸しを作るためにここまでついてきたとしか思えないんだけど……)

後から何を要求されるのか想像もつかないけれど、蒼くんが酷いことをするはずがない。


それだけは、自信を持ってはっきりと言える。



***


天羽 栞
天羽 栞
これが温泉まんじゅう……!
美味し……
敷島 茜
敷島 茜
栞、串焼きも食べよ!

温泉街のグルメは、どうしてこうも美味しいのだろう。


提灯に積もった雪が、温かな光を広げて温泉街を彩る。
高比良 蒼
高比良 蒼
食べ歩きもそこそこにしとけ。
太るぞ
天羽 栞
天羽 栞
うっ……

自分だってたくさん食べていたくせに、蒼くんは私にそう言った。


確かに、普段よりはカロリーの高いものを食べた気がする。
高比良 類
高比良 類
栞は細いから大丈夫。
もっと食べていいくらいじゃない?
天羽 栞
天羽 栞
類さん、甘やかさないで……

もうこれ以上は食べるものか、と決めた直後。


私の下駄の鼻緒がぷつっと切れてしまった。
天羽 栞
天羽 栞
あっ
高比良 類
高比良 類
どうした?
天羽 栞
天羽 栞
鼻緒が切れちゃった

なんてタイミングが悪いのだろう。


よりによって、みんなで出掛けている時に、こんな事態にならなくてもいいのに。
天羽 栞
天羽 栞
ごめん。
下駄、旅館で替えてもらってくるね。
すぐ戻るから、三人で楽しんでて

そう言って振り返り、もと来た道を戻ろうとしたところで、後ろから誰かが私を横抱きにした。


一切負担をかけさせない、ふわっとした優しい抱き方に、私は覚えがある。
天羽 栞
天羽 栞
きゃっ!
る、類さん!?
高比良 類
高比良 類
他の観光客だって多いし、ぶつかると危ないよ。
それに、俺が連れて行ったほうが早いでしょ
天羽 栞
天羽 栞
大丈夫です、歩けます!
高比良 類
高比良 類
はいはい、そうだね

口ではそう言うものの、類さんは全く私を降ろそうとはしなかった。


呆気にとられている蒼くんと茜に一言伝えて、どんどん進んでいく。


すれ違う他の観光客の視線が、痛い。
高比良 類
高比良 類
昔、うちで寝ちゃった栞を布団に運ぶのに、こうやって抱っこしたのにさ。
栞、重くなったな……
天羽 栞
天羽 栞
!!

類さんは、そうしみじみと言った。


きっとその言葉に悪気はないのだろうけれど、地味にショックだ。


よりによって、食べ歩きをそれなりに堪能した後。
天羽 栞
天羽 栞
せ、せめて成長したって言って……!
高比良 類
高比良 類
あっ、ごめん!
そう、成長を噛みしめてたんだよ

そう言って笑う顔があまりにも優しくて、私は怒る気も無くしてしまった。


色々食べた後でなければもう少し軽かったのに、と悔しく思う。
天羽 栞
天羽 栞
(だけど、久しぶりに堂々とくっつけて……嬉しい、な)

旅館で新しい下駄に替えてもらい、茜と蒼くんの元へと戻る途中。


私の隣をゆっくりと歩く類さんが、ふと頬を緩めた。

高比良 類
高比良 類
今日のこと、蒼から聞いた。
俺がリフレッシュできるようにって、日帰り旅行は栞が考えてくれたんだね。
ありがとう
天羽 栞
天羽 栞
そんな、全然……!
そういうのができたらいいなって言っただけで、細かいことは全部蒼くんが決めてくれて……
高比良 類
高比良 類
それでも嬉しいよ
天羽 栞
天羽 栞
少しは、疲れとれました?
高比良 類
高比良 類
とれた、とれた!
肩の力もいい具合に抜けたし、また明日から頑張らなきゃな

そう言った類さんの笑顔が、目に焼きついて離れない。


【第13話へつづく】

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