新年度が始まって、初夏の気候になった。
新教室の生徒募集は好調で、類さんも慌ただしい日々が続いている。
室長として、今まで以上に仕事が増えているのだから無理もない。
だから、週末だけ私が類さんの部屋に来る形で、清いお付き合いをさせてもらっている。
茜と蒼くんは、いつの間にか連絡先を交換したらしく、たまに私と類さんのことを話していると聞いた。
大学三年生になった私と茜は、就職活動が忙しくなる前にと、二人での旅行を計画していた。
茜に会う度に類さんとのことを聞かれるので、ちょっと恥ずかしいけれど。
触れあうくらいは普通にするのだけれど、遅くならないうちに家に帰されるし、大事にされているだけだ。
茜はそう言って、けらけらと笑った。
ついでにとんでもない情報が聞こえた気がする。
類さんが大事にしてくれるのなら、私も受け入れる。
だけどその分、寂しさもつのっていて――。
***
久しぶりの連休だというのに、類さんは持ち帰りの仕事が終わらない。
本当に忙しいらしい。
掃除も片付けも終わってしまって、私は手持ち無沙汰だ。
類さんがPCの画面から振り返って言った。
私の発言に、類さんはコーヒーを床にぶちまけてしまった。
二人で床を片付けながら、不安になってくる。
でも、ここで言わなかったら、また昔の私のままだ。
床を拭き終わって、雑巾を元に戻ながら、私はそう聞いてみた。
類さんは「しまった」と言いたげに頭を抱え、口を開く。
失言に天を仰いで、類さんは恥ずかしがっている。
私はそんな類さんを見て、ほっとして笑った。
しばらく抱きしめられて、頭を撫でられる。
それだけで、本当は幸せなのに、もっともっとと望んでしまうのはなぜなのだろう。
類さんが無意識に引いてしまう線は、これからも何度だって、私が乗り越えていけばいい。
【完】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!