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第20話

その境界線を飛び越えて
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2021/08/05 09:00
新年度が始まって、初夏の気候になった。


新教室の生徒募集は好調で、類さんも慌ただしい日々が続いている。


室長として、今まで以上に仕事が増えているのだから無理もない。


だから、週末だけ私が類さんの部屋に来る形で、清いお付き合いをさせてもらっている。


茜と蒼くんは、いつの間にか連絡先を交換したらしく、たまに私と類さんのことを話していると聞いた。
敷島 茜
敷島 茜
で、どうなの?
もうキスくらいしたでしょ!?
天羽 栞
天羽 栞
あ、あはは……
敷島 茜
敷島 茜
うっそ……。
類さんってそんな奥手なの?

大学三年生になった私と茜は、就職活動が忙しくなる前にと、二人での旅行を計画していた。


茜に会う度に類さんとのことを聞かれるので、ちょっと恥ずかしいけれど。
天羽 栞
天羽 栞
類さん、うちの両親のことが頭をよぎっちゃうみたいで……
敷島 茜
敷島 茜
あー……。
恩師かつ職場の上司だもんね……

触れあうくらいは普通にするのだけれど、遅くならないうちに家に帰されるし、大事にされているだけだ。
天羽 栞
天羽 栞
私たちはゆっくり進んでいけばいいかなって
敷島 茜
敷島 茜
うん。
そんなすぐに発展しないところが栞たちらしい。
蒼くんは『ガキかよ……』って言ってたけど

茜はそう言って、けらけらと笑った。


ついでにとんでもない情報が聞こえた気がする。
天羽 栞
天羽 栞
え、待って。
蒼くんも知ってるの!?
敷島 茜
敷島 茜
ごめん、ちょっと話してる。
でも、彼が類さんに直接何か言うとかしないから
天羽 栞
天羽 栞
それは分かってるけど、恥ずかしい……
敷島 茜
敷島 茜
いいじゃん。
栞と類さんのために動いてくれた功労者でしょ?

類さんが大事にしてくれるのなら、私も受け入れる。


だけどその分、寂しさもつのっていて――。



***


天羽 栞
天羽 栞
類さん、コーヒー淹れましたよ
高比良 類
高比良 類
ありがとう。
ごめん、待たせてて
天羽 栞
天羽 栞
いえ。
邪魔じゃなければ、ここにいさせてください

久しぶりの連休だというのに、類さんは持ち帰りの仕事が終わらない。


本当に忙しいらしい。


掃除も片付けも終わってしまって、私は手持ち無沙汰だ。
高比良 類
高比良 類
もうすぐ終わるから、夜はどこか食べに行こうか。
今日は何時までに家に帰る?

類さんがPCの画面から振り返って言った。

天羽 栞
天羽 栞
今日は……帰るつもりなくて
高比良 類
高比良 類
え?
天羽 栞
天羽 栞
泊まったらダメですか?

私の発言に、類さんはコーヒーを床にぶちまけてしまった。
高比良 類
高比良 類
おわっ、ご、ごめん!
天羽 栞
天羽 栞
ぞ、雑巾!

二人で床を片付けながら、不安になってくる。


でも、ここで言わなかったら、また昔の私のままだ。
天羽 栞
天羽 栞
やっぱり泊まったら迷惑?
類さんにとって、私は妹って感覚がまだ強いの?

床を拭き終わって、雑巾を元に戻ながら、私はそう聞いてみた。


類さんは「しまった」と言いたげに頭を抱え、口を開く。
高比良 類
高比良 類
いや、迷惑とかじゃなくて。
栞が大事だから余計に、手を出したいのに出せないというか……あ、ちがっ
天羽 栞
天羽 栞
手を出したい……?
高比良 類
高比良 類
やば、聞こえたか……

失言に天を仰いで、類さんは恥ずかしがっている。


私はそんな類さんを見て、ほっとして笑った。
天羽 栞
天羽 栞
そっか……。
なんだ、よかった。
私の魅力がないのかと……
高比良 類
高比良 類
そんなわけないだろ。
いつもひたむきで、気遣いもできて、めちゃくちゃ可愛いよ

しばらく抱きしめられて、頭を撫でられる。


それだけで、本当は幸せなのに、もっともっとと望んでしまうのはなぜなのだろう。
高比良 類
高比良 類
泊まったら、もう本当に〝妹〟扱いはできなくなるけどいいの?
天羽 栞
天羽 栞
……本望です

類さんが無意識に引いてしまう線は、これからも何度だって、私が乗り越えていけばいい。


【完】

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