第7話

私らしい〝私〟
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2021/05/06 09:00

まずは引っ込み思案な性格をどうにかしたい。


茜に頼らず、自分でできることから始めようと思った私は、ずっと避けてきた飲み会やイベントといった学生の集まりに、参加することに決めた。
女子学生
女子学生
最近、天羽さん変わったよね
女子学生
女子学生
明るくなったっていうか。
ぶっちゃけ、前はちょっと話しかけづらかったんだ
男子学生
男子学生
そうそれ。
あんまりこっちからガツガツ行くと引いちゃうかなって。
何かきっかけでもあったの?
天羽 栞
天羽 栞
あはは……。
成人したし、社会に出てもやっていけるように、ちゃんとしなきゃって思って
女子学生
女子学生
そうなんだ! うちらは大歓迎だよ~!

週末の居酒屋にて。


同級生も、先輩たちも、雰囲気が変わってきた私に興味を持っていた。


遅めの大学デビューみたいなものとして、歓迎してくれたのだろう。
男子学生
男子学生
栞ちゃん、飲んでる? 次頼もうか?
天羽 栞
天羽 栞
あ、いえ……。
まだ残ってるので大丈夫です

学科が同じでひとつ上の、名前すら知らない先輩が、私の左隣に座った。


今まで話したことはほとんどなかったはずだけど、もう私を名前で呼んでいる。


かと思いきや、彼が肩を寄せてきて、私は咄嗟に身を後ろに引いた。
男子学生
男子学生
もうすぐなくなるじゃん。
俺のついでに頼んであげるよ
天羽 栞
天羽 栞
じゃあ……これ、お願いします

お酒だって、無理して飲みたくないのに、みんながどんどん勧めてくるから断れない。


飲めない人たちは、いつもどうしているのだろう。
男子学生
男子学生
栞ちゃんは、彼氏いるの?
天羽 栞
天羽 栞
い、いないです
男子学生
男子学生
じゃあさ、好きな人は?

答える義務はあるのだろうか。


いると言えば、どんな相手か聞かれるだろうし、いないと言えば嘘になる。


とりあえず、この場をしのぎたくて、私は嘘をつくことにした。
天羽 栞
天羽 栞
好きな人も、いないです
男子学生
男子学生
そうなんだ! じゃあ、俺とかどう?

名前も知らない相手にそんなこと言われても、首を傾げるしかない。


答えに困っていると、先輩は私の左手に手を重ねてきた。


その気持ち悪さに、すぐ手を引っ込める。
男子学生
男子学生
そんな嫌がらなくてもいいじゃん
天羽 栞
天羽 栞
す、すみません……
男子学生
男子学生
まあ俺も酔っ払ってるし、ごめんね?

先輩は本当に反省しているのか分からない口調で、へらっと笑った。


みんながはしゃいでいて、そのノリについていけない。
天羽 栞
天羽 栞
(でも、これも勉強だし……多少は我慢しないと)

帰りたい気持ちを押し殺して座っていると、誰かが後ろから私の肩を叩いた。


びっくりして振り返ると、そこにいたのは茜だった。


その顔を見て、ほっとする自分がいる。
敷島 茜
敷島 茜
栞、ちょっと外の空気吸いにいかない?
天羽 栞
天羽 栞
……!
うん!

同じ場所に茜がいてくれて、よかった。


外に出て、私はようやく息を吐くことができた。
敷島 茜
敷島 茜
あの先輩キモいでしょ? 大丈夫?
天羽 栞
天羽 栞
う、うん……
敷島 茜
敷島 茜
あのさ。
栞への牽制とかじゃなく、本当に心配だから言うけど。
無理してみんなと関わろうとしなくていいんだよ?
栞は栞のままで、いいところたくさんあるんだからね
天羽 栞
天羽 栞
……ありがとう、茜

茜の言うことも、彼女らしい優しさも、分かっているしありがたいと思う。


でも、私が変わろうとしなければ変われない。


それだけは確かだ。
天羽 栞
天羽 栞
(バランスって難しい……)
あまり関わりのなかった同級生や先輩たちと会話をすることで、新しい世界も広がると思っていた。


けれど現実は、自分を押し殺して我慢している。


こんなのは、「私らしい私」じゃないのかもしれない。


【第8話へつづく】

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